二十四節気の花絵

イラストレーターの水上多摩江さんが描いた季節の花に合わせた、
二十四節気のお話と花毎だけの花言葉。

第百三十二話 白露の花絵「ジンジャーリリー(花縮砂)」

2025.09.07

life


2025年9月7日から二十四節気は「白露(はくろ)」に

「白露」とは、草花に宿る朝露が白く光るようになるころを表した節気です。
江戸時代に書かれた、二十四節気の解説書『暦便覧』では〈陰気ようやく重なりて露こごりて(にごりて)白色となればなり〉とあり、「濁っているのに光るとは?」と思われるかもしれません。しかし、江戸時代の表現感覚では、それまで透明だったものに“白さ”が宿り、気配を帯びた存在になる──つまり、儚さや、この時季ならではの微妙な湿度をこの一語で表現しているといえそうです。


白露の季節感

■ 9月9日|重陽(ちょうよう)の節句
五節句のひとつで、奇数の中でも最大の「9」が重なることから「陽が重なる日」とされ、長寿を願う行事が行われます。古くは「菊の節句」とも呼ばれ、菊酒を飲んだり、菊を浮かべた湯に入ったりと、菊の香りで邪気を祓う風習がありました。

■ 10月6日|十五夜(中秋の名月)
中秋とは旧暦8月15日を指す日です。この日は立秋から立冬までの約3か月間の真ん中にあたり、秋の中心であることから、中秋とされています。そのため、その年によって日付が変わりますが、2025年はだいぶ遅く、白露の時季に重なります。さらに、この時季は大気が乾燥しはじめ、空が澄んで月がくっきり見えることや、月が地平線近くに浮かぶため、明るく大きく見えるといった気象条件がそろいます。こうした理由から、中秋の月は「最も美しい満月」とされてきました*。

*旧暦のずれなどから、必ずしも中秋=満月ではありません。2025年の満月は9月7日で、次回、中秋が満月になるのは2030年9月12日です。


秋の香りを運ぶ花 ― ジンジャーリリー(花縮砂)

□開花期:8月~11月(熱帯地域では通年)
□香り:あり
□学名:Hedychium coronarium
□分類:ショウガ科 ヘディキウム属(ハナシュクシャ属)
□別名:花縮砂(はなしゅくしゃ)、White Ginger Lily、Butterfly Lily、Indian garland flower、Mariposa など
□英名:Ginger Lily
□原産地:南アジア、東アジア(ヒマラヤ山麓)

ジンジャーの花というと、赤く艶やかなレッドジンジャーを思い浮かべる方も多いかもしれません。しかし、白く繊細な花を咲かせ、香りのよいジンジャーリリーは、レッドジンジャーとは別種の植物です。
日本では「花縮砂(はなしゅくしゃ)」とも呼ばれ、晩夏から秋へと季節をつなぐように開花します。

■ 名前の由来
「ジンジャーリリー(Ginger Lily)」
この花の名前は植物の特徴に由来しています。ジンジャー(Ginger/ショウガ)は、地下茎がショウガに似て香りがあり、同じショウガ科に属することから。リリー(Lily/ユリ)は、花の形や凛とした美しさがユリに似ていることにちなみ、例えとしてつけられました。

「花縮砂(ハナシュクシャ)」
「縮砂(しゅくしゃ)」とは、本来は薬用に使われるショウガ科植物(アモムム属)を指し、その種子は健胃・整腸薬として用いられてきました。和名である「花縮砂」は、薬効よりも観賞を目的とした花であることを示す名称です。

■ 歴史と伝来
・原産地
ジンジャーリリーは、インドやヒマラヤ地方を原産とし、古代より香り高い植物として親しまれてきました。
アーユルヴェーダにも登場し、芳香療法や外用薬として活用されていた記録があります。

・ヨーロッパ・南国への広がり
18〜19世紀の植民地時代、イギリスやフランスを経て世界各地に広まり、温室植物として栽培されました。その後、ハワイや中南米、アフリカの一部地域では、野生化するほど定着しました。

・日本への渡来と栽培の広がり
日本へは江戸末期〜明治時代に観賞用植物として渡来したと考えられます。
『植物圖譜』や『花卉図譜』などにも記録があり、「花縮砂」「白花縮砂」といった名で紹介されました。
高温多湿を好むことから、特に、九州や沖縄などで庭植えや切り花として人気が高まりました。

■ 象徴
・キューバの国花「マリポサ」
中南米でも広く栽培されますが、キューバでは特に象徴的な存在です。
白く美しい花の姿が蝶に似ていることから「マリポサ(Mariposa=スペイン語で蝶)」と呼ばれ、1936年に国花に指定されました。
その背景には、19世紀末の独立運動中、女性たちがこの花の中に密書を隠して抵抗運動に加わったという歴史があります。
そのためマリポサは、「自由」「純潔」「女性の勇気」の象徴となり、今もキューバ国民の誇りとして愛されています。

・ハワイでの意味
ハワイでは「White Ginger Lily」として親しまれ、香り高い花をレイ(Lei)に仕立てる文化があります。ハワイ語では「Aaruhi ke’oke’o(白いショウガ)」と呼ばれ、愛と美の象徴とされることから、ウェディングレイによく使われます。


花毎の花ことば・ジンジャーリリー「一瞬の美」

ジンジャーリリーの一般的な花ことばには、「豊かな心」や「信頼」などがあります。これは、香りのよさに加え、近縁種が薬用植物として用いられてきた背景に由来していると考えられます。
一日だけ咲いてしぼむ“一日花”と呼ばれる咲き方も、この花を語るうえで欠かせない特徴のひとつです。
はかなくも印象的なこの性質には、「ジンジャーリリー」という名の響きや、学名の由来とも、どこか重なる部分があるように感じられます。

属名Hedychium は、ギリシャ語の Hedy’s(甘い香り)と chion(雪)に由来し、「甘い雪」という意味を持つ言葉です。また、種小名 coronarium はラテン語の corona(冠)からきており、全体では「甘い雪のような花を冠にする植物」と解釈されています。

ここでいう“雪”は、花の白さを表すと同時に、原産地のひとつであるヒマラヤの雪景色を思わせるものでもあります。
やがて解けて消えていく雪のように、この花もまた、咲いてはそっと花を閉じ役目を終えます。

そんな姿にちなんで、「一瞬の美」という花ことばをジンジャーリリーに添えたいと思います。


文・第一園芸 花毎 クリエイティブディレクター 石川恵子

水上多摩江

イラストレーター。
東京イラストレーターズソサエティ会員。書籍や雑誌の装画を多数手掛ける。主な装画作品:江國香織著「薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木」集英社、角田光代著「八日目の蝉」中央公論新社、群ようこ「猫と昼寝」角川春樹事務所、東野圭吾「ナミヤ雑貨店の奇跡」角川書店など