第百四十三話 秋分の花絵「紫苑」
2026.09.23
暮life

9月23日から二十四節気は「秋分」に
秋分は、太陽が真東から昇り、真西へ沈むころを表した節気です。昼と夜の長さがほぼ同じになり、この日を境に少しずつ夜の時間が長くなっていきます。
暑さの名残はありながらも、朝夕には涼しい風が吹き、草むらからは虫の音が聞こえ始めます。空は高く澄み、野辺の景色にも少しずつ秋の彩りが加わるころ。目に見える風景にも、ようやく秋の深まりが感じられるようになります。
秋分の季節感
秋分の日を中日とする前後3日間、合わせて7日間は「秋のお彼岸」です。2026年は9月20日が彼岸入り、23日が中日、26日が彼岸明け。お墓参りをして祖先をしのぶ、日本ならではの習慣が受け継がれています。
そして2026年は、秋分から二日後の9月25日が「中秋の名月」。旧暦8月15日の月を愛でる十五夜です。月見団子やススキを供え、澄んだ秋の夜空に浮かぶ月を眺める風習は、平安時代には貴族の間で楽しまれ、やがて広く親しまれるようになりました。
暑さが静かに遠のき、月や草花、虫の声に秋を感じる秋分。自然へ目を向けながら、遠い人や過ぎた時間にも思いを寄せる季節でもあります。
記憶をつなぐ秋の紫 ─ 紫苑
□出回り時期:9月~10月
□香り:微香
□学名:Aster tataricus
□分類:キク科 シオン属
□別名:十五夜草(ジュウゴヤソウ)、鬼の醜草(オニノシコグサ)
□英名:Tatarian aster
□原産地:日本、朝鮮半島、中国、モンゴル、シベリア
すらりと伸びた茎の先に、淡い青紫色の花をたくさん咲かせる紫苑(シオン)。秋になると小さな花が枝先を埋めるように咲き、やわらかな紫色が秋風に揺れます。
紫苑は、ノコンギクやヨメナと並ぶ秋の野菊の仲間で、野に咲く風情が魅力のノコンギクやヨメナに対し、古くから庭や花壇でも親しまれてきました。
しかし、湿地や草原の減少などによって自生地が減ったことで、環境省のレッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類に分類されています。野生の姿を見る機会は年々少なくなりましたが、園芸植物としてその花姿は今も親しまれています。
開花の時期は中秋の名月のころ。そのため、「十五夜草」という風情ある別名でも親しまれてきました。澄んだ秋空に月が映える季節、紫苑はひときわ美しい姿を見せてくれます。
■ 名前の由来
「紫苑(シオン)」という名は、中国で古くから用いられていた植物名「紫苑(しおん)」に由来するとされています。日本には古くにその名が伝わり、平安時代の『本草和名(ほんぞうわみょう)』や『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』にも記されました。
平安時代には、紫苑の花を思わせる青みを帯びた淡い紫が「紫苑色(しおんいろ)」と呼ばれ、愛されていました。雅な装束の色として用いられた、伝統色のひとつです。
学名の属名 Aster は、ギリシャ語で「星」を意味する言葉に由来します。中心を囲む細い花びらが放射状に広がる花姿が、星を思わせたことから名付けられました。紫苑の花をよく見ると、小さな星がいくつも集まって咲いているようにも見えます。秋の野に広がるその姿は、まるで地上に散りばめられた星々のようです。
■ 古典文学と紫苑
紫苑は、その花や色の名とともに、古典文学の世界にも登場します。
『源氏物語』の「須磨」では、光源氏が「紫苑色」の衣をまとって登場します。都を離れた源氏が過ぎた日々を思いながら暮らす場面に、この色が描かれていることも印象的です。青みを帯びたやわらかな紫苑色は、華やかさよりもどこか物思いを誘う色。秋の風情とともに、人々の心にも親しまれていたのでしょう。
そして紫苑は、その名や色だけでなく、人々の思いとも結びついた花でした。平安時代末期に成立した説話集『今昔物語集』には、父を忘れたくないと願った息子が墓のそばに紫苑を植えたという話が残されています。
華やかさよりも余韻を感じさせるやわらかな紫苑色の花。秋の野に静かに咲くその姿に、古の人々は大切な人への思いや、心に残る記憶を重ねてきたのかもしれません。
花毎の花ことば・紫苑「記憶に咲きつづける」
季節の花には、その時々の記憶を呼び覚ます力があります。
ふとした景色や香り、季節の訪れに触れたとき、忘れていた人の姿や大切な時間が鮮やかによみがえることもあるでしょう。
忘れないとは、過去にとどまり続けることではなく、その人との時間を自分の中に残しながら生きていくことなのかもしれません。
秋分は、祖先や亡くなった人に思いを寄せる季節。そして紫苑は、古くから「忘れない」という思いを託されてきた花です。
紫苑に添えた花毎の花ことばは、「記憶に咲きつづける」。
遠くなった時間も、大切に思う心の中では何度でも花を咲かせます。
【ご案内】
「二十四節気の花絵」次回の新作は冬至(12月22日)にお届けいたします。
寒露(10月23日)と小雪(11月22日)は、これまでの花絵を振り返りながら、新たな文章を添えてご紹介いたします。これからも季節の移ろいとともにお楽しみください。
文・第一園芸 花毎 クリエイティブディレクター 石川恵子
水上多摩江
イラストレーター。
東京イラストレーターズソサエティ会員。書籍や雑誌の装画を多数手掛ける。主な装画作品:江國香織著「薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木」集英社、角田光代著「八日目の蝉」中央公論新社、群ようこ「猫と昼寝」角川春樹事務所、東野圭吾「ナミヤ雑貨店の奇跡」角川書店など

「銅版画で愉しむ 二十四節気の花ことば 英訳付き」
『二十四節気の花絵』が書籍になりました。
これまでの連載の中から、二十四節気にまつわるお話と、それぞれの節気に合わせて選りすぐった3つの花絵を収録。合計72の花絵と花ことばを、一冊にまとめました。
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