二十四節気の花絵

イラストレーターの水上多摩江さんが描いた季節の花に合わせた、
二十四節気のお話と花毎だけの花言葉。

第百十八話 大暑の花絵「立葵」

2024.07.22

life


2024年7月22日から二十四節気は「大暑(たいしょ)」に

暦の上でもっとも暑い時季を表した節気が大暑です。関東地方の梅雨明けも例年このころで、暦の通り暑さが増していきます。
そして、立夏からはじまった夏の節気も大暑が最後。この節気が終われば暦の上では秋に。


大暑の季節感

御手洗祭
大暑の時季に京都で行われる神事のひとつに「御手洗祭(みたらしまつり)」があります。足つけ神事とも呼ばれる珍しい行事で、夏の土用丑の日の前後に下鴨神社や北野天満宮で行われる京都の夏の風物詩です。

下鴨神社の御手洗祭は平安時代に貴族が境内の御手洗池の水に足をつけて、けがれをはらったことが起源とされています。現在も同じく素足で御手洗池に入り、池の上手にある御手洗社に献灯した後に、御神水をいただいて無病息災を願います。
ちなみに、御手洗池は7月の土用になると池の周辺や川の底から清水が湧きでるといわれ、その水泡をかたどったのが「みたらし団子」の由来とのこと。

暑い時季に涼を求め、健康を願う気持ちは平安時代も令和の今もかわりがないようです。


「立葵」

□開花時期:6~8月
□香り:あり
□学名:Alcea rosea(Althaea rosea)
□分類:アオイ科 タチアオイ属
□形態:二年草~多年草
□和名:立葵、花葵、梅雨葵、唐葵、加良阿布比(からあふひ)、加良保比(からほひ)
□英名:Hollyhocks
□原産地:地中海沿岸西部地域~アジア

日本には古い時代に中国から渡来したとされる植物です。草丈は60センチから2メートル程度。咲き方は一重咲きと八重咲きがあり、花色は白、赤、ピンク、オレンジ、黄、黒、紫、複色など、カラーバリエーションが豊富です。

歴史
万葉集の一首*に「葵(あふひ)」の名で詠まれたことにはじまり、古今和歌集、枕草子、源氏物語などで詠まれてきた、とても歴史の長い花です。

ヨーロッパではカール大帝(9世紀)の庭の目録**にヒマワリやケシなどと一緒にタチアオイが含まれていたとされ、その後、17世紀から18世紀にかけて広まったフランス式庭園を彩りました。また、イギリスでは19世紀の中頃、タチアオイのない庭はないといってよいほど人気があったようです。

*かつては「冬葵」とされていましたが、最近では牧野富太郎説の立葵と考えられています。
**出典:Gabriele Tergit “Flowers Through the Ages“

日本画と立葵
古くから親しまれてきた立葵は、日本画の題材としてもしばしば取り上げられています。尾形光琳を筆頭に、主に琳派の絵師たちがそれぞれの時代で立葵を描いています。

尾形光琳「孔雀立葵図屛風」江戸時代 18世紀(重要文化財)
伊藤若冲「百花図」明和元年1764年
酒井抱一「花鳥十二ヶ月図 立葵紫陽花に蜻蛉図」文政6年1823年
鈴木其一「四季花鳥図」 江戸時代 19世紀

浮世絵 葵坂
江戸時代、現在の東京・虎ノ門に葵坂という坂がありました。この葵坂の上は立葵の花が咲いていたことから「葵が岡」と呼ばれる江戸の名勝のひとつであり、歌川広重(二代目)によってその景色が描かれています。

「三十六花撰 東都あふひ坂葵」
「江戸名勝図会 虎の門」

さまざまな名前の由来
タチアオイにはいくつも名前がありますが、そのひとつに梅雨入りのころに下の花から咲き始め、梅雨が明けるころに先端の花が咲ききることから「梅雨葵(つゆあおい)」の名も。
実際には梅雨が明けても次々と花が開花して、8月中旬ぐらいまで花が楽しめることが多いようです。

学名もその効能に由来していて、薬効がある植物として古くより使われてきたことから、旧学名のAlthaeaはギリシア語の「alteo=なおす」が語源です。

19世紀フランスでは菓子職人が、タチアオイの近縁種であるウスベニタチアオイのとろみ成分*に砂糖を加えたお菓子を考案。フランス語でウスベニタチアオイを意味するギモーヴ(Guimauve)の名前がつけられました。英語でも植物名そのままの英語名でMarshmallowと呼ばれ、日本でも同じくマシュマロと呼ばれています。

*現在ではウスベニタチアオイのエキスではなく、ゼラチンと泡立てた卵白で作られいます。


花毎の花言葉・立葵「再会」

一般的な花言葉は「豊かな実り」「野心」などです。
「豊かな実り」は1本の茎にたくさんの実をつけることからですが、もともとは「多産」のシンボルだったことに由来するともいわれています。「野心」はワイン農家がぶどう畑の境にこの花に植え、ミツバチからハチミツを集めようとした意味に由来するなど所説あるようですが、どちらも即物的な印象のある花言葉です。

一方、日本では古くから和歌では葵を「逢ふ日」にかけて歌を詠んできましたが、その代表的な歌は万葉集で詠まれたものです。

「梨棗黍に粟つぎ延ふ葛の後も逢はむと葵花咲く」 作者不詳 第十六巻 3834

訳:ナシやナツメ、キビやアワと次々と実るのに、君に逢えずにいるけれど、クズのつるが離れてもまたつながるように、また逢えるというしるしのアオイの花が咲いています

こちらは六つの植物の時間の移り変わりと、名前の掛詞を使って「今は逢えないけれど、後でまた逢おう」という意味の歌です。
この葵とは冬葵を表しているという説が多くありますが、牧野富太郎博士は「立葵」という説を説いています。
ナシ、ナツメ、キビ、アワまでが秋、冬と春を経てクズのつるが繁茂する初夏、そして立葵が咲く夏、と考えると、牧野博士の説がしっくりきます。

花の種類が今ほどなかった時代、古のひとは美しい花をつけ目印のようにすっと伸びた立葵に「あふひ」の思いを託したのかもしれません。
そんな願いを今に伝える立葵に「再会」という花言葉を贈りたいと思います。


文・第一園芸 花毎 クリエイティブディレクター 石川恵子

水上多摩江

イラストレーター。
東京イラストレーターズソサエティ会員。書籍や雑誌の装画を多数手掛ける。主な装画作品:江國香織著「薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木」集英社、角田光代著「八日目の蝉」中央公論新社、群ようこ「猫と昼寝」角川春樹事務所、東野圭吾「ナミヤ雑貨店の奇跡」角川書店など