二十四節気の花絵

イラストレーターの水上多摩江さんが描いた季節の花に合わせた、
二十四節気のお話と花毎だけの花言葉。

第百二十六話 春分の花絵「矢車菊」

2025.03.20

life


2025年3月20日から二十四節気は「春分」に

二十四節気の中でも季節の変化を表す重要な節目で、春の中心となる節気です。
昼と夜の長さがほぼ等しくなる日であることから、「分」という字が充てられていますが、「暑さ寒さも彼岸まで」の言葉にもあるように、寒暖の分かれ目とも取れるときです。


春分の季節感

彼岸は節分や土用なども含まれる、二十四節気以外の季節の目安となる「雑節」のひとつです。
春分の日の前後3日間が彼岸にあたり、初日が「彼岸の入り」、春分の日が「中日(ちゅうにち)」、最終日が「彼岸明け」となります。
仏教では彼岸(冥界)が西、此岸(現世)が東にあるとされ、太陽が真東から昇って真西に沈む春分と秋分は、彼岸と此岸が最も通じやすくなると考えられていることから、この7日間にお彼岸のお墓参りの習慣があります。


「矢車菊」

□切り花出回り時期:3月~5月
□香り:あり(一部品種)
□学名:Centaurea cyanus
□分類:キク科ヤグルマギク属(ケンタウレア属)
□別名:ヤグルマソウ、コーンフラワー、セントーレア
□英名:Cornflower(麦畑の花)、Bluebottle(青い壺)、Boutonierre flower(ブートニアの花)、 Hurtsickle(鎌痛め)、Cyani flower(浅葱色の花)
□原産地: ヨーロッパ東南部

ヨーロッパ諸国で小麦畑に咲く花として、古くから親しまれています。ここでは矢車菊にまつわる、さまざまな文化をご紹介します。

名前の由来
「ヤグルマソウ」ともいわれますが、ヤグルマソウはユキノシタ科の全く別の植物なので、混乱を避けるため、現在ではヤグルマギクの名前が一般的です。
日本名の「矢車菊」は、鯉のぼりの先端などに付けられる矢車の形に花が似ていることに由来しています。
海外では多数の名前がありますが、よく使われるのが「コーンフラワー(Cornflower)」で、これは小麦畑によく生えているという意味で名付けられました。他にも、つぼみの形に見立てた「ブルーボトル(Bluebottle)」や、青系の花の総称「ブルーボネット(Bluebonnet)」などとも呼ばれています。

古代エジプト
古代エジプトで矢車菊は豊穣と生命の象徴として扱われ、宮殿などの床や壁の模様、アクセサリーのデザインとして取り入れられていました。
ツタンカーメンのお墓でも矢車菊や青い睡蓮が入ったリースや花束が発見されていますが、こうした植物は死者の蘇りを助けるための副葬品として入れられたと考えられています。

ギリシア神話と学名
リンネが命名した、「ケンタウレア(Centaurea)」の種名には諸説ありますが、ギリシア神話に登場する半人半獣族ケンタウロスのひとり、ケイロンに由来するという説があります。ケイロンはギリシア神話の神々から学んだ、音楽、医学、予言などの技を英雄たちに指導した賢者で、教え子のヘラクレスが誤って放った矢で傷つき、矢車草の花でその傷を治療したというストーリーが伝わっています。
属名の「シアヌス(cyanus)」 は、女神フローラが恋したシアヌスという男がヤグルマギクの畑で死んでいるのを見つけ、その名を花の名前にしたという神話に由来しているとも、ギリシア語の「kyanos」(深い青)に由来しているともいわれています。

ヴィーナスの誕生とプリマヴェーラ
ボッティチェッリの代表作『ヴィーナスの誕生』と『プリマヴェーラ』にも矢車菊が描かれています。『ヴィーナスの誕生』では、ヴィーナスにマントを差し出している季節と時間の女神ホーラーが着ているドレスの模様として矢車菊が描かれています。
また、『プリマヴェーラ』ではニンフのクローリス(後の花と春を司る女神フローラ)の口から花々が溢れるように描かれていて、その一つが矢車菊ともいわれています。

ブートニア
矢車菊はスーツのボタンホールに挿すブートニア(ブートニエール)としても使用される花のひとつです。これは富、繁栄、幸運、友情などを表すとされ、イギリスのチャールズ3世もしばしば、この花を胸元に挿しています。

カイゼルの花
ドイツ皇帝の紋章は青い矢車菊ですが、これは初代ドイツ皇帝ヴィルヘルム1世(1797-1888)の母である王妃ルイーゼがナポレオン軍に追われた際、子どもである王子(後のヴィルヘルム1世)たちをあやすために麦畑の中でヤグルマギクの冠を作ったことに由来するといわれています。こうしたことから矢車菊は「皇帝(カイゼル)の花」と呼ばれ、ドイツでは国花同様の花とされています。


花毎の花ことば・矢車菊「永遠を願う」

矢車菊の花ことばには「信頼」「優美」「幸運」「教育」などがあります。特に目を引くのが「教育」という花ことばですが、こちらはケイロンの神話や、ドイツ皇帝のエピソードが由来になっているようです。

花毎の花ことばを「永遠を願う」としたのは、古くからこの花が永遠のシンボルとされてきたことに由来します。古代エジプトでは蘇りを願い、ボッティチェッリは再生の比喩として絵画の中に、そして日本では回り続ける矢車を花の名に冠するなど、美しい花のみならず、場所を選ばず育つその逞しさに永遠を見出しているように思うのです。


文・第一園芸 花毎 クリエイティブディレクター 石川恵子

水上多摩江

イラストレーター。
東京イラストレーターズソサエティ会員。書籍や雑誌の装画を多数手掛ける。主な装画作品:江國香織著「薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木」集英社、角田光代著「八日目の蝉」中央公論新社、群ようこ「猫と昼寝」角川春樹事務所、東野圭吾「ナミヤ雑貨店の奇跡」角川書店など