第百三十話 小暑の花絵「アストランティア」
2025.07.07
暮life
2025年7月7日から二十四節気は小暑(しょうしょ)」に
暦の上では、夏の暑さが始まりを迎えるころとされ、「小さく暑い」と書くこの節気には、暑さの入り口という意味が込められています。
この約半月後には、一年で最も暑いとされる「大暑」が訪れ、夏の気温の移り変わりがこの二つの節気に表れています。
小暑の季節感
■祇園祭
京都の夏を彩る風物詩であり、日本三大祭のひとつとして知られる「祇園祭」。
7月1日から31日にわたって開催され、小暑の時期には前祭(さきまつり)の宵山(7月14日〜16日)や山鉾巡行(7月17日)などの主要な行事が行われます。
この時期の京都では、祭りにあわせてアヤメ科の植物「檜扇(ひおうぎ)」を飾る習慣もあります。古くは檜でできた扇が悪霊退散の道具とされており、それに似た花の姿からこの名が付いたと伝えられています。
花毎では、姫檜扇水仙を用いた季節のしつらえを「花月暦」でご紹介しています。
■土用入り
「土用」とは、立秋直前の約18日間*を指し、体調を崩しやすい時季として、古来より慎重に過ごす習慣がありました。うなぎや梅干しといった滋養のある食べ物を口にして、夏の暑さを乗り切ろうとする風習もこの時期に根付いています。
*2025年の夏の土用入りは7月19日で、小暑の終わりにあたります。
■きゅうり加持
各地の真言宗寺院で行われる「きゅうり加持(きゅうりかじ)」は、参拝者が自身の身体の不調をきゅうりに託し、そのきゅうりを本尊の前に納めて無病息災を祈る修法です。きゅうりの清涼さが暑気払いの象徴とされ、夏の健康を願う民間信仰の一つとして親しまれています。
これらの行事や風習は、「小暑」という節気が単に〈暑さの始まり〉ではなく、夏本番に向けて心身を整え、自然の流れを受け入れていく節目であることを物語っています。
「アストランティア」
□切り花出回り時期:通年
□開花期:5月中旬~7月中旬(秋にも咲くことがある)
□香り:なし
□学名:Astrantia major
□分類:セリ科アストランティア属
□別名:Masterwort、Hattie’s pincushion
□原産地:ヨーロッパ
星に由来する花
■起源と名前の由来
アストランティアはセリ科の多年草で、ヨーロッパ中部から南東部の山地や森林の草原に自生します。属名「Astrantia」は、ギリシア語で「星」を意味する「astron」に由来するとされ、星形の総苞(そうほう)の形にちなんで名付けられました。小花が中心に密集し、それを放射状の苞が取り囲む姿は、まさに星のような構造です。
英語ではHattie’s pincushion(ハッティーのピンクッション)とも呼ばれていて、ハッティーの由来は定かではありませんが、頭花の形がピンククッション=針山に似ていることから、こうした名前も定着したようです。
■アストランティアの文化史
アストランティアを含むセリ科の植物は、16世紀から17世紀にかけてヨーロッパの修道院や貴族の庭園に取り入れられるようになりました。アルプス地方や地中海沿岸から持ち帰られた植物のひとつとして、観賞用・薬用に栽培されていたと考えられます。
「Masterwort*(マスターワート)」という別名は、古い属名「magistrantia」に由来しており、“master”=卓越した/偉大な、 “wort”=薬草(古英語)という意味から「万能薬草(master herb)」と信じられていたことが名称の背景にあります。
*「Masterwort」は主に「Astrantia major(アストランティア・マイヨール)」を指しますが、植物学的には同じセリ科の別属Peucedanum ostruthiumの英名でもあり、用途により使い分けられています。園芸やフローリストの分野ではアストランティアを指すことが一般的です。
花毎の花ことば・アストランティア「いたわり」
アストランティアには、「愛の渇き」「星に願いを」などの花ことばがありますが、これは乾いた質感や星のような形に由来しているようです。
花毎では、古くは万能薬草と信じられていた歴史から、現代に生きる人の心を癒やす存在として、「いたわり」という花ことばを添えました。
薬草としての役目を終えても、風にやさしく揺れるアストランティアの姿には、今もなおそっと心をいたわる力が宿っているように感じられるのです。
文・第一園芸 花毎 クリエイティブディレクター 石川恵子
水上多摩江
イラストレーター。
東京イラストレーターズソサエティ会員。書籍や雑誌の装画を多数手掛ける。主な装画作品:江國香織著「薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木」集英社、角田光代著「八日目の蝉」中央公論新社、群ようこ「猫と昼寝」角川春樹事務所、東野圭吾「ナミヤ雑貨店の奇跡」角川書店など
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