二十四節気の花絵

イラストレーターの水上多摩江さんが描いた季節の花に合わせた、
二十四節気のお話と花毎だけの花言葉。

第百二十八話 小満の花絵「セルリア」

2025.05.21

life


2025年5月21日から二十四節気は小満(しょうまん)」に

陽気とともに草木が成長し、天地にいきいきとした生命力が満ち始めるころを表した節気です。二十四節気では、夏の2番目の節気にあたります。徐々に日差しが強まり、夏の気配が濃くなっていきます。


小満の季節感

気候のよい小満のころは、農作物に関する行事が多く行われます。秋に蒔いた麦などが穂をつける時期であることから、農家がひと安心し、“小さく満足する”という意味で「小満」と呼ばれるようになったという説もあります。
ここでは、小満の季節感を表す言葉をご紹介します。

■末摘花(すえつむはな)
二十四節気をさらに細かく分けた「七十二候」では、各節気が初候・次候・末候の三つに分かれています。小満の次候は「紅花栄(べにばなさかう)」で、これは染料などに使われる紅花が咲きそろう時季を表した言葉です。
紅花は「末摘花」とも呼ばれます。これは紅花の頭花を摘み取り、染料として使っていたことに由来する古名です。なお『源氏物語』には「末摘花」という名の女性が登場し、この呼び名の由来ともされています。

■麦秋(ばくしゅう)
麦の穂が実り、収穫期を迎える初夏の季節を表す言葉です。「初夏なのに“秋”?」と思われるかもしれませんが、これは“秋”がもともと収穫の季節を意味していたことに由来しています。つまり「麦の秋」、すなわち麦の収穫期というわけです。
七十二候では、小満の末候に「麦秋至(むぎのときいたる)」があり、まさにこの麦秋の時期を的確に表現しています。


「セルリア」

□切り花出回り時期:ほぼ通年
□香り:なし
□学名:Serruria
□分類:ヤマモガシ科セルリア属
□別名:ブラッシング ブライド
□英名:Serruria、Blushing bride
□原産地:南アフリカ

セルリアは、約55種前後が知られる複数種を含む属名です。ここでは、切り花として流通している「セルリア・フロリダ」(通称:ブラッシング・ブライド)を「セルリア」としてご紹介します。

■名前の由来
属名 Serruria は、18世紀初頭にユトレヒト大学で植物学を教えていた J. Serrurier 教授にちなんで名付けられました。種小名 florida はラテン語で「自由に開花する」または「花が豊富に咲く」という意味を持ちます。

通称の「ブラッシング・ブライド(頬を赤らめた花嫁)」は民間伝承に由来するとされ、いくつかの説があります。たとえば、プロポーズの際に顔を赤らめた花嫁の姿に似ていることや、プロポーズのときに男性がスーツの襟元(フラワーホール)にこの花を挿したことが由来とされる説。また、ウェディングブーケに使用されることが多いため、あるいは花の姿がウェディングドレスのように見えるからという説もあります。

■自生地
セルリアは、南アフリカの中でも極めて限られた地域にしか自生しない固有種です。野生個体の数は減少しており、IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストでも絶滅危惧種として登録されています(IUCN Red List – Serruria florida)。
このため、現在では保護活動や育種研究が進められており、園芸用としての栽培や商業的な切り花の生産も盛んに行われています。

■生態と火災適応
セルリアは「フィンボス」と呼ばれる、南アフリカ・ケープ地方に広がるユニークな植物群落の一員です。フィンボスは地中海性気候に適応し、火災によって更新されるという特徴を持っています。
この地域では10〜20年に一度、大規模な自然火災が発生します。火災によって地表の植生が焼かれると、地面に光や熱が届き、煙や熱によって発芽を促す物質が作動。これにより、セルリアを含む多くのフィンボス植物の種子が一斉に発芽します。
さらに、セルリアの種子は油分を含んだ構造を持ち、アリに運ばれやすくなっています。アリが種子を巣に持ち帰り地中に埋めることで、火災から守られた状態で保存され、適切な環境条件が整ったときに発芽するという、巧みな生存戦略を備えています。


花毎の花ことば・セルリア「秘めた強さ」

セルリアの代表的な花ことばは「ほのかな想い」や「可憐な心」などがあります。これらは、おそらく通称の「ブラッシング・ブライド」から連想されたのかもしれません。
しかし、セルリアの生態に目を向けると、見た目の繊細さや可憐さだけでなく、過酷な自然環境の中で発芽し、命をつなぐたくましさも備えていることがわかります。
そう考えると、セルリアには「秘めた強さ」という花ことばも、似合うように思うのです。


【ご案内】
「二十四節気の花絵」は次回より毎月前半の節気に移動いたします。
次回は6月5日(木)芒種の午前7時に公開予定です。

文・第一園芸 花毎 クリエイティブディレクター 石川恵子

水上多摩江

イラストレーター。
東京イラストレーターズソサエティ会員。書籍や雑誌の装画を多数手掛ける。主な装画作品:江國香織著「薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木」集英社、角田光代著「八日目の蝉」中央公論新社、群ようこ「猫と昼寝」角川春樹事務所、東野圭吾「ナミヤ雑貨店の奇跡」角川書店など