夢の花屋

第一園芸のトップデザイナーが、世界中の絶景や名画、自然現象や物質を花で見立てた、
この世でひとつだけの花をあなたに贈る、夢の花屋の開店です。

第十八話「夕闇の向日葵畑に見立てる」

2023.08.18

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この世にある美しいものを花に見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。そのままでも美しいものを掛け合わせて魅せる、夢の花屋の第十八話は「夕闇の向日葵畑」に見立てたアレンジメントです。手掛けるのは第一園芸のトップデザイナーであり、フローリスト日本一にも輝いた新井光史。
ここからは花屋の店先でオーダーした花の出来上がりを待つような気持ちでお楽しみください。

新井が今回イメージしたのは夜の静寂に包まれようとする向日葵の姿です。
「ヒマワリ」は真夏の青空の下、たくさんの鮮やかな黄色の花を咲かせる元気いっぱいな花、というイメージがありますが、新井が今回生ける花はその真逆ともいえるもの。
夏から秋へと季節が変わるひと時の時間を止めたような景色をお楽しみください。


見立ての舞台裏

新井が今回のアレンジのために準備したのは、抑えた色あいの植物と花器。

最初に手にしたのは「ミレット パープルマジェスティ」。別名「黒キビ」とも呼ばれる、黒い穂と葉が美しい植物です。

続いて「ハスの実」を加えて行きます。色と形のコントラストが美しく、エキゾティックな雰囲気に。

一輪一輪表情が異なるシックな色あいの向日葵の姿かたちを確認しながら丁寧に挿していきます。

まるでダークチョコレートのような色をした、その名も「チョコレートコスモス」と、黒に近い深い紫の「スカビオサ」が足元に加わりました。

黒味を帯びた「ドラセナ」を加えて、全体を仕上げていきます。


完成、夕闇の向日葵畑に見立てたアレンジメント

夕闇の向日葵畑に見立てたアレンジメントが完成しました。

「以前『夕暮れ』をイメージした向日葵のアレンジメントを制作したことがあるのですが、もっと日が暮れた景色の向日葵の姿を表現してみたいと思って、この花をデザインしました」

「昼に見る向日葵はまっ黄色で太陽の形をした花、といったひたすら明るい印象ですが、私が好んで使う向日葵は花首が大きく曲がっていたり、つぼみであったり、何よりも黄色いだけではない花です」

このアレンジメントは背面から見てもドラマティック。

「更に、このアレンジメントをデザインするにあたって、もうひとつ頭に浮かんだのは伊藤若冲の『向日葵雄鶏図』の絵です。もし、現代に若冲がいたのならこの絵に描いた黄色の向日葵だけではなく、品種改良された向日葵も描いたのではないかと思うのです」

たくさん用意された向日葵の中で、新井が最も気に入っていた開きかけの一輪。

花びらが落ちたハスの実も夏の終わりを告げるもの。アンバーな色あいの花々とハスの青銅色が響き合います。

暑さが残る中でも、季節は確実に秋へと歩んで行きます。去る季節と向かう季節の狭間を感じる花々です。

今回の花材:ヒエ フレイクチョコラータ、 パープルファウンテングラス、ヒマワリ マダムクラレット他、パイナップルリリー、ミレット パープルマジェスティ、チョコレートコスモス、スカビオサ、ハス、グリーンスケール、(以下2点写真外)ワレモコウ、ドラセナ

夜の気配を漂わせた、向日葵のアレンジメントはいかがでしたでしょうか。

この作品を制作したのは、新井がフランスで行われた花の世界大会アート・フローラル国際コンクールから帰国して間もないころでした。

新井は旅に出ると新たなインスピレーションを得て、創作意欲を携えて帰ってきますが、今回もまた然り。
旅で感じた、ヨーロッパの光の違いやそこで見る花の表情、そして、向日葵を見る度に思い出す、自身が敬愛する伊藤若冲の作品などが混然一体となって本作が完成しました。

押さえた色彩を集めて生まれるドラマティックで色気のある雰囲気は新井の真骨頂ともいえるもの。実際には存在しない景色を、絵を描くように花で表現するフラワーデザイナーの遊び心と技量が伝わる作品でした。


「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。

第十九話予告
9月15日に公開を予定しておりました、シェラー・マースの担当回は都合によりお休みさせていただきます。
次回は新井光史が担当する夢の花屋。10月14日(金)午前7時に開店予定です。

新井光史 Koji Arai

神戸生まれ。花の生産者としてブラジルへ移住。その後、サンパウロの花屋で働いた経験から、花で表現することの喜びに目覚める。
2008年ジャパンカップ・フラワーデザイン競技会にて優勝、内閣総理大臣賞を受賞し日本一に輝く。2020年Flower Art Awardに保屋松千亜紀(第一園芸)とペアで出場しグランプリを獲得、フランス「アート・フローラル国際コンクール」日本代表となる。2022年FLOWERARTIST EXTENSIONで村上功悦(第一園芸)とペアで出場しグランプリ獲得。
コンペティションのみならず、ウェディングやパーティ装飾、オーダーメイドアレンジメントのご依頼や各種イベントに招致される機会も多く、国内外におけるデモンストレーションやワークショップなど、日本を代表するフラワーデザイナーの一人として、幅広く活動している。
著書に『The Eternal Flower』(StichtingKunstboek)、『花の辞典』『花の本』(雷鳥社)『季節の言葉を表現するフラワーデザイン』(誠文堂新光社)などがある。