第三十八話「バンコクの色彩に見立てる」
2025.08.01
贈gift
この世にある美しいものを花に見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。そのままでも美しいものを掛け合わせて魅せるのが夢の花屋です。
第三十八話は「バンコクの色彩」に見立てたアレンジメント。手掛けるのは第一園芸を代表するデザイナーのひとりである、志村紀子。
ここからは花屋の店先でオーダーした花の出来上がりを待つような気持ちでお楽しみください。
バンコクの色
バンコクの街で、まず目に入るのはあふれるような色彩です。黄金に輝く仏塔やカラフルな神々の像、色鮮やかなお菓子や南国ならではの果物。タクシーやトゥクトゥク(三輪タクシー)のボディカラー、ナイトマーケットや水上マーケットに並ぶ品々も、実にカラフルです。
また、タイでは曜日ごとに色が決まっており、月曜は黄色、火曜はピンク、水曜は緑といったように、それぞれの曜日に守護仏と象徴の色があります。自分の生まれた曜日にちなんだ色を身につけたり、供え物に選んだりと、色は暮らしの中で自然に使い分けられています。
バンコクのいたるところで見かける花々も印象的です。蓮、マリーゴールド、ジャスミン、蘭などを色鮮やかに組み合わせた花輪「プアン・マーライ」は、街中の屋台などでたくさん売られており、お供え物としてだけでなく、感謝やおもてなしの気持ちを伝えるものとして、日々の暮らしに欠かせない存在です。
見立ての舞台裏
バンコクをイメージした、鮮やかな色と個性的な姿の花々が勢ぞろい。
今回用意された花々の中から、特に印象的な花をいくつかご紹介しましょう。
赤い鳥のような姿をしている「レッドジンジャー」は、名前にジンジャーとありますが、観賞用の植物です。一見すると赤い穂状の部分が花のように見えますが、これは「苞(ほう)」と呼ばれ、本来の花は苞の間から小さな白い花として咲きます。クルクマやアンスリウムと同じ構造です。
こちらは「モカラ」。3種の蘭を人工交配して生まれた種類で、さまざまなカラーバリエーションがあり、暑さに強いのが特徴です。特にタイでは多く生産されています。
*花毎の旬花百科でもモカラについてご紹介しています。
「蓮」の花は夏の池に咲くイメージがありますが、お盆の時季にだけ切り花として市場に出回ります。水揚げが難しく、とてもデリケートな花です。
「花パイン」とも呼ばれる観賞用のミニパイナップルは、葉のエッジにも赤味が差しているのがチャームポイント。
ネオンカラーに染めた「クジャクの羽」は、志村が市場で見つけてきたもの。
さて、ここからアレンジメントを作り始めます。
今回は個性的な突起の付いたガラスの花器が選ばれました。「モンステラ」の葉を敷き詰め、チキンワイヤーを花留めとして中にセットします。
まずは赤い斑の入った「ドラセナ」を挿し、全体のシルエットをかたどっていきます。
続いて「クルクマ」と銅葉のドラセナが加わります。
切り花の蓮はつぼみのままでは開きづらいため、丁寧に花弁を広げながら仕上げます。
そこにピンクのクルクマや、さまざまな色のモカラが次々と加わっていきます。あらゆる色の花々が調和し、バンコクをイメージしたアレンジメントが少しずつ完成へと近づきます。
完成、バンコクの色彩に見立てたアレンジメント
バンコクの色彩に見立てたアレンジメントが完成しました。
「一瞬しか出回らない上に、すぐに鮮度が落ちてしまう蓮の花を使った作品を、いつか作ってみたいと思っていました。日常の中で蓮の花が使われているタイの文化に惹かれ、今回のテーマが自然とバンコクに決まりました。鮮やかな花の色から街の雰囲気を連想しながら、アレンジメントを組み立てています」
こちらは、アレンジメントを反対側から見た様子です。
「トロピカルフラワーは通年手に入る種類もありますが、夏は特に種類が豊富になります。色も質感も個性的で、暑い季節のアレンジメントによく合います。ただ、それだけでは物足りなくて、今回は人工的な色も少し加えてみました。染めのクジャクの羽を組み合わせることで、色の幅が広がり、全体の印象がさらに華やかになったと思います」
「蓮を使うときは、水揚げに気を遣います。今回は茎全体を水に浸して水揚げをしました。切り花として出回る蓮はつぼみの状態なので、ここから自然に開花することはとても難しいのです。このままでは花の表情が見えづらいため、一輪一輪、丁寧に手で花弁を開いて、自然な咲き姿に近づけました。ちなみに、タイではさらに花弁を折り込んで、独特の形にしてから飾るのを見たことがあります。旬が短く、手間が必要な花だからこそ、作品に取り入れると特別感が生まれるのかもしれません。蓮の静けさと、バンコクのエネルギッシュな色彩との対比も、アレンジの中で愉しんでいただけたらと思います」
今回の花材:蓮、蓮の実、クルクマ、アリウム、モカラ、マリーゴールド、レッドジンジャー、シュロ、モンステラ、クジャク羽
色の重なりが生む、熱量と生命感
志村が見立てたのは、単に派手な色合いではなく、街の空気や人々の営みまで含めた“バンコクの色”。南国の熱気、敬意を表す花、暮らしに根づいた祈り——そのすべてが色として重なり合い、一つの花束となって表現されています。花そのものの色だけでなく、文化や記憶と結びついた「色の物語」を感じさせるアレンジメントです。
「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。
第四十一話予告
次回は新井光史が登場。9月1日(月)午前7時に開店予定です!
志村紀子 Noriko Shimura
東京生まれ。国内を代表するホテル、外資系大手ラグジュアリーホテルのウェディングやパーティー装花に携わり、帝国ホテルプラザ店で活躍。現在は第一園芸を代表するデザイナーとして、Noriko Shimuraブランドを展開。他にも社内スタッフ教育部門の講師、対外的なワークショップ講師、各種商品提案、空間装飾のデザインなどを担当している。
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