第七十三話 立春の花絵「ムスカリ」
2021.02.03
暮life
2021年2月3日から二十四節気は「立春」に
二十四節気の新年が始まりました。
2021年の節分が124年ぶりに2月2日となったことが話題ですが、節分の翌日である立春も1897年(明治30年)以来の2月3日となります。
「立」という字が付く四つの節気(立春、立夏、立秋、立冬)は一年を四等分した、それぞれの四季の始まりではありますが、現在の気象状況を踏まえると、暦の上での季節の変化は掴みづらいともいえます。
それでも、冬が明ける喜びは、いにしえの人々も現代に生きる私たちにとっても同じ。春が待ち通しいこの時季にひと足早い春を感じられるような、心躍る節気ではないでしょうか。
また、立春には「立春大吉」と書いた札を門に貼り、厄除けする風習があります。
左右対称、裏からも立春大吉と読めることから、門から入った鬼が振り返った時に間違って出て行く、といった意味が込められているそうです。
「ムスカリ」
□出回り時期:1月~5月
□香り:あり
□学名:Muscari
□分類:キジカクシ科ムスカリ属
□和名:ブドウヒヤシンス(葡萄風信子)、ルリツボバナ(瑠璃壺花)
□英名:Grape hyacinth
□原産地:地中海沿岸地方、西アジア
春を告げる花
ムスカリは立春の前後ごろから鉢植えや、芽出し球根と呼ばれる球根付きの花が出回る、春を告げる花のひとつ。
耐寒性があり、丈夫で育てやすい秋植えの球根植物で、自然分球(親の球根に新しく球根が増える)するので植えっぱなしでも育つ、手間のかからない植物です。
最近では青紫色の花以外にも水色、白、水色と白の複色、淡いピンクなど花色も出回っています。
名前の由来
日本ではムスク(麝香)に由来するといわれる、学名のムスカリという名が定着していますが、海外では葡萄の房のような姿を現したグレープヒヤシンスという名が一般的です。
和名でも「葡萄風信子(ブドウヒヤシンス)」「瑠璃壺花(ルリツボバナ)」といった、花の姿から名付けられたであろう、美しい名前が残されています。
ネアンデールタール人とムスカリ
ムスカリは古くから存在があったとされる花のひとつで、イラクのシャニダール洞窟で発見された約65,000〜35,000年前のネアンデールタール人の遺体の傍から花粉が見つかっています。
このことから最古の埋葬花とも言われていますが、最近の調査では小動物が掘った穴に花粉が蓄積したという説もあるようです。
ムスカリの名所
オランダのキューケンホフ公園では木立の間を流れる小川のようにムスカリが植えられています。それはまるで絵本のような不思議な光景で、そこから一躍この花が有名に。
日本国内でもキューケンホフ公園のようにムスカリがデザインされているのが、東京・立川の昭和記念公園です。ただ、残念ながら2020年はコロナ禍の影響で閉園のまま、4月初旬の見ごろを迎えました。
他にも北海道では5月中旬ごろから富良野の「ファーム富田」、美瑛の「四季彩の丘」、札幌の「百合が原公園」などでムスカリが作り出す、紫の絨毯のような景色が楽しめます。
花毎の花言葉・ムスカリ「哀しみは想い出に」
英語圏ではグレープヒヤシンスと呼ばれることからか、ヒヤシンスと似た「失望」「失意」といった花言葉が付けられています。
ヒヤシンスの名前はギリシャ神話に由来し、美少年のヒュアキントスが太陽神であるアポロンが投げた円盤に頭を打ち付けて亡くなり、流した血から紫の美しい花が咲いたされていることから、紫の花に悲哀や思い出を表すようになったとか…
このような理由からムスカリには寂し気な花言葉が付けられていますが、この濁りの無い青紫色こそ、ムスカリの魅力であり、心が落ち着く色ともいえるのではないでしょうか。
2020年初頭から世界中の人々は大きな変化を求められ、誰もが経験したことのない、まさに失望や失意の日々が今も続いていますが、このような終わりの見えない状況の中でも植物はCOV-19などまるで無かったかのように、彼らのペースでまた春を迎えようとしています。
人類は今までにもいくつものパンデミックを経験し、それらは多大な被害をもたらして歴史に名を残しましたが、どんな悲劇も何れ人々の記憶から薄れていきます。
ムスカリも春のひととき一面を青紫に染め、人々に鮮烈な印象を与えますが、季節の移ろいと供に咲き誇っていた姿を忘れ去られるのです。
ものごとには始まりがあり、終わりがある。
そんなことを、このムスカリは静かに伝えてくれているように思うのです。
この過酷な日々が近い将来、貴重な記録として将来に伝えつつも、ひとりひとりの心の痛みは想い出として風化するように願いを込めて、ムスカリに「哀しみは想い出に」という花言葉を託したいと思います。
文・第一園芸 花毎 クリエイティブディレクター 石川恵子
水上多摩江
イラストレーター。
東京イラストレーターズソサエティ会員。書籍や雑誌の装画を多数手掛ける。主な装画作品:江國香織著「薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木」集英社、角田光代著「八日目の蝉」中央公論新社、群ようこ「猫と昼寝」角川春樹事務所、東野圭吾「ナミヤ雑貨店の奇跡」角川書店など
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