夢の花屋

第一園芸のトップデザイナーが、世界中の絶景や名画、自然現象や物質を花で見立てた、
この世でひとつだけの花をあなたに贈る、夢の花屋の開店です。

第二十九話「動植綵絵の群鶏図に見立てる」

2024.11.01

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この世にある美しいものを花に見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。そのままでも美しいものを掛け合わせて魅せるのが夢の花屋です。
第二十九話は「動植綵絵の群鶏図」に見立てたアレンジメント。手掛けるのは第一園芸のトップデザイナーであり、フローリスト日本一にも輝いた新井光史。
ここからは花屋の店先でオーダーした花の出来上がりを待つような気持ちでお楽しみください。

動植綵絵と群鶏図とは

『動植綵絵(どうしょくさいえ)*』とは、江戸時代中期に京都で活躍した画家、伊藤若冲(1716-1800)の代表作の一つで、宝暦7年ごろ(1757年)から明和3年(1766年)ごろにかけて制作されたとされる、全30幅からなる作品群です。

裕福な青物問屋の跡取りであった若冲は40歳で家督を弟に譲り、趣味だった作画を本業にするべく、京都の相国寺(しょうこくじ)に移り住んで絵師となります。
そこで取り掛かったのが、動植綵絵です。
この30幅には植物、鳥、魚貝、虫が描かれていますが、特に鳥類は抜きんでて多く、内23幅に描かれています。さらに、これらの鳥類の中で「鶏」は8幅あり、『群鶏図(ぐんけいず)』はその一幅で、およそ143mm×78mmの画面いっぱいに異なる羽色の13羽の鶏が重なりあうように描かれた、動植綵絵の中でも個性が際立つ作品です。

そして、若冲はおよそ10年間に渡って描いた30幅に『釈迦三尊像(しゃかさんぞんぞう)』3幅を加え、両親と弟、自身の永代供養を願い、全33幅を相国寺に寄進。
現在、動植綵絵30幅は宮内庁三の丸尚蔵館の収蔵品となり、2021年国宝に指定。釈迦三尊像3幅は相国寺承天閣美術館に収蔵されています。


新井光史が花で見立てた、群鶏図

「今回は大好きな伊藤若冲の作品の中でも、特に好きな『群鶏図』を選びました。ずっと挑戦してみたい作品のひとつでしたが、花材は絶対に『ケイトウ』を使いたかったので、ケイトウの種類が豊富になる時期を待って臨みました」

新井がこのアレンジメントに使ったケイトウは、形も色もまったく異なる6種類。まさに鶏冠のような色と形や、尾羽のようなものなど、それぞれが個性的なケイトウが用意されました。

右側面から見た姿。赤の印象が際立ちます。

左側面から見た姿。まるで鶏のような動きを感じます。

こちらは真後ろから見た姿です。野山に鶏が遊ぶような様子が浮かんできます。

「撮影のための作品なので、写る部分だけを作ることもできましたが、若冲に敬意を表して、どこから見てもよいように制作しました。若冲は動植綵絵を裏彩色*で描いたように、このアレンジメントの背面も全体にニュアンスを与える一助になっています」

*裏彩色(うらざいしき):絵絹の裏側からも彩色すること。色をぼかし柔らかい感じを出す効果がある。

葡萄のような房は「アマランサス」。別名「ヒモゲイトウ」とも呼ばれますが、ヒユ科アマランス属の植物で、ケイトウとは属が異なります。

「群鶏図に描かれた鶏の羽をイメージして『ホトトギス』も加えました。この花はホトトギスの胸の模様に似ているので、この名が付いたそうです」


さらにもうひとつ。「群鶏図に見立てたブーケ」

見立ての舞台裏

アレンジメントとは別に、ブーケバージョンも制作。アレンジメントの花材とは打って変わって、さまざまな緑色の花材が用意されました。

直径30cm近くある巨大な「アナベル」と羽のような葉が印象的な「ヒリュウシダ」、さらに風船状の果実「フウセントウワタ」を組み合わせていきます。

アマランサスやケイトウ類、鑑賞用の栗「サレヤロマン」が入りました。

たっぷり花材が入って、大ボリュームのブーケがまもなく完成です。

完成、動植綵絵の群鶏図に見立てたブーケ

「アレンジメントとはあえて全く違った雰囲気のデザインを考えました。アレンジメントでは秋ならではの花材を使って、群鶏図から感じた濃密なイメージを表現しましたが、このブーケでは共通する花材を使いながらも、いまだに暑さの残る2024年の秋に似合うような軽やかさを目指しました」

今回の花材(一部):ケイトウ(キリシマノアキ、センチュリーピンク、センチュリーレッド、セルウェイオレンジ)、石化ケイトウ、ハゲイトウ、アマランサス、クロヒエ(チョコラータ)、栗(サレヤロマン)、ヒオウギ(実)、ホトトギス、アナベル、ビバーナム(コンパクタベリー)、パープルファウンテングラス、パニカム

動植綵絵の群鶏図に見立てたアレンジメントとブーケはいかがでしたでしょうか。当初から何れ若冲の作品に見立てたいという希望があり、琳派の四部作の後に満を持してこの見立てが登場しました。
漢字では「鶏頭」と書く、ケイトウはその名の通り鶏の鶏冠に由来するユニークな姿をしていますが、見ようによってはグロテスクとも取れる植物。若冲の描いた群鶏図もまた然り。作者の技量とセンスが問われる難しいモチーフです。
難易度が高いからこそ面白がってチャレンジする。そんな現状に甘んじない気骨を感じる作品でした。


「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。

第三十話予告
次回は志村紀子が登場します。12月1日(日)午前7時に開店予定です。

新井光史 Koji Arai

神戸生まれ。花の生産者としてブラジルへ移住。その後、サンパウロの花屋で働いた経験から、花で表現することの喜びに目覚める。 2008年ジャパンカップ・フラワーデザイン競技会にて優勝、内閣総理大臣賞を受賞し日本一に輝く。2020年Flower Art Awardに保屋松千亜紀(第一園芸)とペアで出場しグランプリを獲得、フランス「アート・フローラル国際コンクール」日本代表となる。2022年FLOWERARTIST EXTENSIONで村上功悦(第一園芸)とペアで出場しグランプリ獲得。 コンペティションのみならず、ウェディングやパーティ装飾、オーダーメイドアレンジメントのご依頼や各種イベントに招致される機会も多く、国内外におけるデモンストレーションやワークショップなど、日本を代表するフラワーデザイナーの一人として、幅広く活動している。 著書に『The Eternal Flower』(StichtingKunstboek)、『花の辞典』『花の本』(雷鳥社)『季節の言葉を表現するフラワーデザイン』(誠文堂新光社)などがある。