庭の中の人

庭に関わる人々のインサイドストーリー

第八話 伐採

2021.01.20

study

大きな木を切る前には、「儀式」をすることがあります。
職人さんによってやり方はいろいろありますが、命を奪う伐採の前に行います。
塩やお酒でその木をお清めするのが一般的ですが、ほかにも、木にハグやキスをして最後のお別れを伝える人、手を合わせる人、幹伝いに手を当てながら一周する人…。それぞれやり方は違うけれど、みんな木々と対話しながら、自分たちよりはるかに長く歴史を静観してきた木に敬意を払って、最後のお別れをしてから伐採させてもらいます。そしてその作業の安全を祈ります。

ある大使館の正門横に、とても大きなケヤキの木がありました。
大人が三人で幹に腕を添わせても手が届かない、とても立派な、地域のシンボルツリーとなっていました。
ところがそのケヤキの調子がよくないのです。
見上げると青々と茂っている枝に混じって、葉が付いていない枯れた枝が何本もありました。

樹木医の先生に診てもらうと、そのケヤキの幹には大きなサルノコシカケというキノコが寄生していました。
サルノコシカケは枯れた木にしか生えない腐朽菌。幹の一部がすでに枯れているという証拠なのです。

そして幹にはかなり大きな「うろ(幹の内部が空洞のようす)」がありました。その大きなうろのある幹で重い体を支えるのは大変です。
強風で枝がしなり、思わぬ力が加われば、倒木する可能性もあるのです。勢力の強い台風が毎年のようにやって来るので、このままにしておくと「大変危険」という判断でした。

そしてもうひとつ。木は自分の体を支えるために地上で広げている枝葉と同じだけ、地中でも根が張っています。
そのケヤキはとても大きく枝を広げていたので、地下に這う根も、ものすごく伸びており、その根と平行に敷地を囲む塀が築いてあったのですが、長い年月とともに根が重たい塀を押し上げ、斜めに傾むけていたのです。

倒木の可能性もあり、さらに根の勢いで塀が倒れるかもしれない。そんな木を放置しておいたら危険すぎる。しかも道路を挟んだお向かいは高級マンション。
倒木すれば被害は甚大…。先方とも協議した結果、残念だけれど伐採しよう、ということになりました。
巨木を伐採するのはとても大変な仕事です。高所作業車を使ったり、ハーネスとロープを使いながら人が木に登り切断していく、ツリークライミング工法と呼ばれる方法だったりと、その木の特徴や生えている場所によって伐採方法が異なります。

そのケヤキも丁寧に伐採していきました。地中深くに張った根を伐根(根ごと引っこ抜くこと)することはできないため、ある程度の高さまで幹を残して作業は終了しました。
風景はガラリと変わってしまいましたが、安全は保たれました。立派な木が伐採された後は、陽の光が当たるため明るくなります。でもさっぱりしすぎて、元の風景が恋しくなるものです。

しばらく経ったとき、そのケヤキの伐採の指揮を執った樹木医の先生と話す機会がありました。
たまたまその時の話になり、「本当に立派なケヤキだったので、人間の都合で伐採するって、なんだか残念ですね。」と言った私に、先生が「きっといつかその切り株からひこばえ(切り株や根元から生えてくる若芽のこと)がたくさん生えてきて、小さな森のようになるかもしれない。さらに月日が経てば一本の木のようになるかもしれないよ。」とおっしゃったのです。

自然とはなんと力強いのだろう。ひこばえがたくさん伸びて小さな森のようになっていくケヤキ…。
まるでとなりのトトロに出てくるワンシーンのようだなあ、と思わず連想しながら、少しだけ心が軽くなったのでした。

はつやま さちこ

高校卒業後、英国へ留学。ロンドン郊外にあるOaklands CollegeのFloristry学科に在籍し、イギリスの国家資格を取得。2008年第一園芸株式会社に入社。ネット事業部を経て緑化事業部へ。各国大使館などを担当していたガーデナー。
現在は子育てのため一旦、退職して家庭生活を満喫中。
好きなことは食べ歩き、無計画旅行。昆虫食推進派。