第八十九話 「四月 清明 穀雨」
2024.04.04
暮life
桜との旅
今年の春のはじまりは、寒暖差の激しい中を通り抜けて、冬と春の橋を渡ってまいりました。
激しく揺れる気温の中で身体と心の平穏を保つには思いの外大きなエネルギーを使うものです。
寒くてなかなか咲かぬ桜を待っていた時間が今年は長かったという人も少なくないでしょう。
今までどれだけ桜とともに春を迎えてきたのか、その存在の大きさにあらためて気づいた方も多いのではないかと思います。
私たちは季節や草木花とともに日常を生きている、そのことを強く体感するにはよい春となりました。
桜の花を迎え、送り出す度に思うのは、蕾が膨らんで花開き、満開を迎え、散るまでそのゆくえを見守りながら過ごす日々とは、ともに旅をしているようなものだということ。
そして過ぎ去る日々だけでなく朝から夜までの1日の中にも旅があるから、夜明けの桜、日中の桜、夕暮れの桜、夜桜、夜更けの桜と同じ木でも様々な表情の花との出会いがあります。
街の中や建物の中ではそんな旅は無理と諦めてしまうことはありません。
電車の中、通勤通学途中の道、通院までの道、窓から見える景色の中。
ご縁のある木や草木花はそこかしこにあり、様々な旅を試みることができるでしょう。
桜の盛りを過ぎて、このあとも利休梅、花海棠(はなかいどう)、木蓮、牡丹と続く花との旅。
馴染みのある草木花との旅が増えるにつれて、人生の道中を彩る1日1日も、
限りなく深く豊かになっていくことでしょう。
春の迎え花
種漬花(たねつけばな)を小さなうつわに入れて春の迎え花に。
種漬花は勢いよく庭一面を彩る小さな花。
万葉集にも登場し、古い時代からずっと日本に自生する在来の草花の一つです。
葉や花はクレソンに似た風味があり、湿った場所がお好みらしく、水はけをよくするにつれて自然と少なくなりました。
賑やかに群生していた頃と比べれば少しさみしくはなりましたが、他の植物と棲み分けてバランスよく自然な分布に。
小さな草花の一つ一つの花のかたちを眺めて過ごせば、手の動き、目の使い方、呼吸も静かに細やかになり、いつもは見えないものが見えてまいります。
縁の花「李」
庭の李(すもも)の花が今年も咲きました。
李は梅の花と桜の花期の間に咲く純白の花。
先住の方がよく見上げていたことを覚えています。
今回、そんな「縁の花」を一枝とり大切な白壺に入れてみたのは一昨年までは、笹藪に覆われた日陰で細々とつないでいたような命が蘇ってきたから。
日がよく当たるように藪を刈り、びっしりとついていたカワラタケを一つ一つとって元気になってほしいと声をかけてきた木。
昨年は一枝にしか咲かなかった花は見事に新しい枝をたくさん増やし、息を吹き返してきました。
ご縁のある馴染み深い木が元気になり花をつける姿が嬉しいのは、花の美しさはもちろん、過ぎた時の流れを愛おしく想うときでもあるから。
これからもともに歩くことができますよう願いを込めてそっと一枝とり、白壺に入れて縁の花としました。
広田千悦子
文筆家。日本の行事・室礼研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい稽古を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。
写真=広田行正
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