第百話 「三月 啓蟄 春分」
2025.03.05
暮life
時を重ねた木
季節の足踏みは長く続き、やっと春らしい日が増えてきたようです。
長かった冬というよりは、行きつ戻りつする旅路。
大きな寒暖差は知らぬうちに体力を使うものなのだと十分に教えてもらう春となりました。
3月近くになってようやく開花を迎えた梅の木もあり、花の動きはかなりゆっくりでまだまだ梅花の季節は続いています。
今年は寒さを十分に味わいましたから木の花と出会う時の嬉しさもひとしお。
特に樹齢を重ねた木の花が蕾を膨らませ、貫禄と華やぎを見せる時、思わず足をとめてしまいます。
風格のある幹は穏やかな日、激しい雨風に打たれる日など様々な日を越えてきたからこその色。
独特の情緒を宿しています。
そんな老齢の木のそばにたたずむうちにいつも思い浮かぶのはその木のそばで過ごしたかもしれない人たちのこと。
長く生きた木であればあるほど、きっとたくさんの人を眺めてきたことでしょう。
梅、李、桜、桃。
誰もが順繰りに咲く春の木の花を楽しみにしています。
花を仰げば元気になる理由は、美しいというだけでなく木が過ごしてきた豊かな時の流れを無意識にうけとりあたたかな思いに包まれるからなのではないかというのが時折、考えること。
ゆっくり木や花と過ごす時間、大事にしていきたいと思います。
老齢の梅の枝
老齢の梅の枝とご縁をいただいてゆっくり訪れる春に捧ぐ花に。
水あげをして水を張った花桶に入れました。
ほぼひと月の間、眠っていた枝ですので、もう花を咲かせることはないのかしらと思い始めていると、ゆっくり蕾をふっくらとふくらませたくさんの桃色の花をつけました。
大地と離れていてもしっかり季節の息吹とリズムを合わせています。
時を重ねた幹の色。
華やかな桃色。
梅の香りは部屋いっぱいに広がっています。
遅咲きの椿
炉開きの11月頃から咲き始めた椿も最終章へ。
絞りの椿など、フィナーレを飾る種類が盛りを迎えています。
冬と春の間をつなぐようにして明かりを灯していた椿ともそろそろお別れ。
黒い枡に様々な椿を入れて春の息吹を宿す雪柳の芽吹きを添えてなごり惜しむ花に。
広田千悦子
文筆家。日本の行事・室礼研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい稽古を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。
写真=広田行正
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