夢の花屋

第一園芸のトップデザイナーが、世界中の絶景や名画、自然現象や物質を花で見立てた、
この世でひとつだけの花をあなたに贈る、夢の花屋の開店です。

第十話 「京都の紅葉に見立てる」

2022.11.11

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この世にある美しいものを花に見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。
そのままでも美しいものを掛け合わせて魅せる、夢の花屋の第十話は「京都の紅葉」に見立てたアレンジメントです。
手掛けるのは第一園芸のトップデザイナーであり、フローリスト日本一にも輝いた新井光史。
ここからは花屋の店先でオーダーした花の出来上がりを待つような気持ちでお楽しみください。

京都の紅葉とは

京都の紅葉は例年10月下旬ごろから、街を囲む山々が色づきはじめ、徐々に街全体を染め上げていきます。
紅葉の名所も嵐山、嵯峨野、東山、貴船など、上げたら切りがないないほど至るところに点在していて、見ごろの時季もさまざま。例年、遅い所では12月初旬ごろまで紅葉が楽しめるようです。
そして、この時季になると流れる京都の美しい紅葉を映した観光キャンペーンCMも京都への旅情をかき立てる風物詩のひとつです。毎年違う名所が取り上げられ、京都の紅葉の奥深さを思い知らされます。


見立ての舞台裏

さて、今回のテーマで新井がイメージしたのは、京都・東山に位置する「東福寺」の紅葉と、その本坊庭園(方丈)の「八相の庭」の一つ「北庭(ほくてい)」です。

東福寺は境内を流れる渓谷の上に掛かる「通天橋」から、まるで雲のように広がった圧巻の紅葉の景色を見渡せる稀有な紅葉の名所。
一方「北庭」は昭和を代表する作庭家・重森三玲(しげもり みれい)による、敷石と苔で表現した市松模様がとてもモダンな庭。
この二つの景色をフラワーデザインの手法で一体化させるという試みです。

制作の当日、既に苔玉に仕立てられたモミジが花器にセットされていました。花器はペーパータオルが巻かれていて、何か仕掛けがありそうです。壁にはこれから作るアレンジメントのデッサンとイメージした場所の写真が。

撮影を行った10月中旬はまだ紅葉したモミジが入手できず、新井が自宅で育てていた斑入りのモミジの盆栽を使用しています。
モミジよりひと足早く色づきはじめたキイチゴの葉を加えていきます。

キイチゴは一葉ごとに紅葉のグラデーションが違って表情豊かです。

ピンクに染まりかけたノリウツギやガマズミの鮮やかな赤い実も入りました。

キイチゴは春の新芽、初夏の萌黄色、そして秋の紅葉とそれぞれの季節で美しい表情を見せる葉もの。特に秋の紅葉した葉はドラマティックな色合いで、水に濡れると一層その鮮やかさが増すようです。

何種類もの実や、複雑に色づいた花や葉を少しずつ、彩りを考えながら丁寧に配置していきます。


完成、京都の紅葉に見立てたアレンジメント

京都の紅葉に見立てたアレンジメントが完成しました。

「今回のテーマを聞いた時に、真っ先に思い浮かんだのが東福寺でした。紅葉の美しさはもちろんですが、重森三玲が作った『北庭』のモダンな表現に憧れがあり、その二つを組み合わせて、三玲へのオマージュのような気持ちで今回のアレンジメントをデザインしてみました」

「宙に浮いたモミジと苔玉ですが、不思議に思われるかもしれませんね(笑)これは三玲の『北庭』が市松模様、つまり正方形を活かしたデザインだったので、自分は真逆の丸い形を取り入れました。更に『通天橋』から見る紅葉は空の上にいるような景色なので、そのイメージを表現しています」

器全体に貼られたハランがまるで波のようです。先ほどのペーパータオルはこのハランを瑞々しく保つために巻かれていたのでした。

「三玲が作庭した八相の庭には、砂紋で荒波を表した枯山水の庭もあって、とても美しいのです。その要素も取り入れてみたくて、器はハランで波を表現してみました」

アレンジメントをのぞき込んで見ると、まるで吹き寄せのような美しさ!所々に見える鮮やかな緑は苔。まさに『北庭』の趣です。

キイチゴの枝を外して逆方向から見てみました。

真上から見た様子。通天橋から見渡した紅葉のようでもあり、苔の庭に赤く染まった落ち葉が落ちたようでもある…京都の心象風景が広がっていました。


紅葉のブーケ

同じ花材を使って、新井がサプライズでブーケを束ねました。
アレンジメントは華やかな中にも秋の静寂を感じる趣でしたが、ブーケはまるでイングリッシュガーデンから摘んだような姿に。

自身のパーソナルカラーが「オータム」という新井に、ぴったりな色合いのブーケを抱えてもらいました。
暦の上では冬ですが、花はまだ秋色。
温かみと深みのある色を集めた、新井ならではの大人の華やかさがあるブーケです。

今回の花材:キイチゴ、カーネーション、ガマズミの実、バラの実、ゲットウの実、ノリウツギ、ヒオウギの実、小菊、カンガルーポー、ホトトギス

さて、今回は京都の紅葉という、圧倒的な自然の美がテーマの難易度の高い注文でした。
最初にもお伝えした通り、撮影のタイミングはモミジの紅葉にはまだ早く、色づいたモミジが入手できない時期…
どうするのかと思いきや、新井はその状況を逆手に取り、紅葉したモミジを使わずに紅葉を表現したのです。

ちなみに、新井が影響を受け、この見立てのオマージュとした重森三玲も、境内に敷きつめられていた切石を使う必要から、自身の代表作となった北庭の市松模様が誕生したという経緯があったとか。

無いものは、つくる、視点を変える、見立てる。
困難な状況をあきらめず、むしろ楽しむように創作する、新井のクリエイターとしての矜持が伝わる作品でした。


「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。

第十一話予告
12月は臨時休業させていただきまして、次回は年明けの掲載となります。そして、2023年の口開けは、再び新井光史が担当する夢の花屋。
1月13日(金)午前7時に開店予定です。

新井光史 Koji Arai

神戸生まれ。花の生産者としてブラジルへ移住。その後、サンパウロの花屋で働いた経験から、花で表現することの喜びに目覚める。
2008年ジャパンカップ・フラワーデザイン競技会にて優勝、内閣総理大臣賞を受賞し日本一に輝く。2020年Flower Art Awardに保屋松千亜紀(第一園芸)とペアで出場しグランプリを獲得、フランス「アート・フローラル国際コンクール」日本代表となる。2022年FLOWERARTIST EXTENSIONで村上功悦(第一園芸)とペアで出場しグランプリ獲得。
コンペティションのみならず、ウェディングやパーティ装飾、オーダーメイドアレンジメントのご依頼や各種イベントに招致される機会も多く、国内外におけるデモンストレーションやワークショップなど、日本を代表するフラワーデザイナーの一人として、幅広く活動している。
著書に『The Eternal Flower』(StichtingKunstboek)、『花の辞典』『花の本』(雷鳥社)『季節の言葉を表現するフラワーデザイン』(誠文堂新光社)などがある。