夢の花屋

第一園芸のトップデザイナーが、世界中の絶景や名画、自然現象や物質を花で見立てた、
この世でひとつだけの花をあなたに贈る、夢の花屋の開店です。

第五話 「梅雨に見立てる」

2022.06.10

gift

この世にある美しいものを花で見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。
そのままでも美しいものを掛け合わせて魅せる、夢の花屋の第五話は「梅雨」に見立てたブーケです。手掛けるのはオランダ出身のフローリスト、シェラー・マース。
ここからは花屋の店先でオーダーした花の出来上がりを待つような気持ちでお楽しみください。

梅雨とは

梅雨とは「つゆ」または「ばいう」とも読まれる、雨の季節を表す言葉です。その名の通り、梅が熟すころに降る雨の意味でもありますが、梅の字を「黴」に代え「黴雨」という表記もあり、こちらは黴(かび)が生じるころを表したとも云われています。

また、梅雨入りは「入梅」とも呼ばれ、二十四節気や五節句以外に設けられた「雑節(ざっせつ)」のひとつですが、実際の梅雨入りとは異なり、二十四節気の「芒種(ぼうしゅ)」に入った最初の壬*(みずのえ)の日である例年6月11日前後となります。

*「壬」は「水の兄」の意味で、一般的に十二支と組み合わせて使われる十干(じっかん)の一つであり、年や日などを表します。


シェラーが描いたスケッチ

見立ての舞台裏

「今回は”ベースブーケ”という、吸水スポンジを使わず、花器の中に投げ入れて作るスタイルのブーケを作ります。オランダではお店で作って、このまま配達することもありますが、しっかりと固定されているので、ブーケの形が崩れることはありません」

鮮やかなターコイズブルーのガラス花器にレモンリーフを器いっぱいに挿します。この時、器の中は水だけ。たくさんのレモンリーフの茎が、これから挿す花々を支える土台になります。

ぬいぐるみのようなふわふわとした手触りが特徴のラムズイヤーを挿していきます。「仔羊の耳」という名前そのままの姿をしたハーブです。

次にシェラーが手に取ったのはグミ(茱萸)の枝。葉の表と裏は色が異なり、表は明るいグリーン、裏はシルバー。見る角度によっては同じ枝とは思えないほど雰囲気が変わります。

鮮やかな紫のアジサイを加え、次いでライラックを挿していきます。

中心のしべ(蕊)が見える、ちょっと不思議な姿のまだ名前も付いていない新品種のバラがアクセント。

美しい花と葉、強い芳香のあるアフリカンブルーバジルを加えます。少し触れるだけでバジルの香りが漂います。

鮮やかなイエローグリーンの花はアルケミラモリス、別名レディースマントル。5月から6月に小さな星のような花を咲かせます。今回は葉が付いていませんが、水滴を弾くマント(マントル)のような葉も美しい花です。

最後にタイツリソウ(別名ケマンソウ)を。釣り竿のような茎にハート形のような花が一列に吊り下げされたように見えることから、この名が付いたとされる花です。


完成、梅雨に見立てたベースブーケ

梅雨に見立てたベースブーケの完成です。

「日本人は梅雨をジメジメとした時期と捉えるようですが、オランダ出身の自分からすると、梅雨は瑞々しい季節のイメージがあります。水をたたえたような、季節感のある花や枝を使って、ドラマティックに仕上げました」

ブーケを持ち上げると、たくさんの茎が交差しているのがわかります。それぞれがかみ合っているので花が動いてしまうことはありません。

「ベースブーケは水を入れた花器に生けて行きますが、生けている内に茎から出る灰汁などで水が汚れてしまうので、仕上がった後は水を取り替えます」

これは普段の花を飾る時にもいえますが、花瓶の中を清潔に保つことで、花はより長く楽しめます。少しの手間ですが、花を飾る時に参考にしたいプロのコツです。

至近距離で見ると、場所によって花たちの表情が全く変わるのがシェラーのつくる花の素敵なところ。この角度はまるでウェディングブーケのようです。

「オランダの6月は日が長く、湿度が低くて過ごしやすい時です。だからジューンブライドが多いのです。今では一年中いろいろな花が手に入りますが、やはりその季節にしか咲かない花を使ったブーケは特別なものなんです」

上から見てみると、鈍く光るようなアジサイが他の花を引き立てています。光と影のコントラストが美しい部分。

バラの上に伸びたタイツリソウはまるで虹のよう。雨上がりの庭を散歩しているような光景です。

今回の花材:(左より)レモンリーフ、ラムズイヤー、アジサイ、タイツリソウ、アルケミラモリス、ライラック、グミ、アフリカンブルーバジル、バラ「ココット」、シャクヤク、バラ(新品種・名称未定)

バラ「ココット」のフルーティーな香りを嗅ぐ

「このブーケは香りがよい花をたくさん使いました。バラ、シャクヤク、ライラック、アルケミラモリス、ラムズイヤー、そしてアフリカンブルーバジル。香りの強さはいろいろですが、ひとつひとつの香りを楽しんでいただきたいです」

今回のテーマ「梅雨」は、日本ではあまり好む人がない季節ですが、オランダで育ったシェラーにとっては、みずみずしい季節であり、季節のとらえ方ひとつにしてもお国柄の違いが表れているのがユニークです。
そんな彼がこのブーケのために選んだのは、光と影を表すような、明暗のはっきりした花や草木の組み合わせ。
梅雨空の下では、濃い色の瞳は沈んだ色の美しさを感じ、シェラーのように光を強く感じる淡い色の瞳には、より鮮やかに、みずみずしく映っているのかもしれません。


「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。

第六話予告
次回は新井光史が担当する夢の花屋。7月15日(金)午前7時に開店予定です。

Gérard Maas シェラー・マース

オランダ出身。STOAS University of Applied Sciences(農業分野での教員を育成する高等専門大学)に進学し、国家ライセンスを取得。祖国オランダをはじめ、ベルギー、フランスで経験をつんだ後、1994年にオランダスタイルのフラワーデザイン学校の講師として招致され来日し、以後5年にわたり教鞭をとる。2003年に再来日。翌年、日本で行われたダニエル・オストのインスタレーションをきっかけに第一園芸に入社。