第七話 「夏の大三角に見立てる」
2022.08.12
贈gift
この世にある美しいものを花で見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。
そのままでも美しいものを掛け合わせて魅せる、夢の花屋の第七話は「夏の大三角」に見立てたブーケです。手掛けるのはオランダ出身のフローリスト、シェラー・マース。
ここからは花屋の店先でオーダーした花の出来上がりを待つような気持ちでお楽しみください。
夏の大三角とは
日本では6月から9月ごろの間、夜空に見える三つの輝く星を結ぶとできる大きな三角形が夏の大三角*です。
空を見上げた時**、最も輝く星が「こと座」のベガ(織姫)で、次に明るいのが「はくちょう座」のデネブ(カササギ)、そして「わし座」のアルタイル(彦星)となり、星座の名前からもわかる通り、夏の大三角は七夕の伝説と深い結びつきがあります。
これらの星が最も見つけやすくなるのは8月上旬の20時から22時ごろで、旧暦の七夕(2022年は8月4日)の時季と重なります。
七夕の伝説では織姫と彦星の間には天の川が広がっていて、これを渡るためにたくさんのカササギ(デネブ)が羽根を広げて橋渡しをしたともいわれていますが、伝説の中だけではなく、夏の大三角が現れる実際の夜空には織姫と彦星の間に天の川がかかっているのです。
古の人々は無数の星を繋ぎ合わせて形を見出し、生活の知恵として後世に伝えるためにこうした物語を紡いでいったのでしょう。
いま、夜空にある星も、その時と同じ星だと思うと七夕の物語がもっと身近に感じられるかもしれません。
*大三角形との呼び方もあります。
**6~7月ごろは東、8~9月ごろはほぼ真上~南西よりにあります。
シェラーが描いたスケッチ
見立ての舞台裏
今回シェラーが作るのはフレームを使ったブーケです。
シェラーが手にしているのは「シュロ」と「赤づる」で作ったフレーム。
「フレームを使ったブーケはクリスマスやウェディングの時に使います。自分がオランダで働いていた店では、時間に余裕がある時にフレームを作り置きしていました」
エキナセア、アキレアなどの今回用意された花の一部。
まずはフレームにアスパラガス・ペラの葉を丁寧に巻きつけていきます。
ブーゲンビリアとトケイソウが入って、いっきにボリュームが増しました。
「フラットなフレームに花を重ねているので、ボリュームのあるアジサイを加えると平面になりがちです。他の花で高低差を付けてバランスを取ります」
ブドウの房のようなヨウシュヤマゴボウが入るとブーケ全体に動きが出ました。更にシダの一種で傘を広げたような姿をしたシースターファンを加えていきます。
いよいよ仕上げです。
完成、夏の大三角に見立てたフレームブーケ
夏の大三角に見立てたフレームブーケの完成です。
「赤づるで作ったフレームで夏の大三角をイメージしました。他にもいろいろな部分で夜空を表現しています。トケイソウやアジサイ、エキナセアのなどの花、アスパラガス・ペラやシースターファンのグリーン。どれも宇宙を感じるような姿をした植物だと思います」
横から見てみると、全く雰囲気が違います。
「このような造形的なブーケは、特に植物の特徴を見極めて配置を決めていかなければなりません。それが完璧にできた時がフローリストとしての自信になります」
花を覆うアスパラガス・ペラがまるで宇宙の塵のようです。
三角形はこんなところにも。フレームに使ったシュロの葉の根本も三角形です。
上から見ると大きく、動きのあるブーケですが、束ねた部分は美しいスパイラルに組み上げられています。足元がコンパクトなので、水を張ったシンプルな花瓶に生けるだけで、その場の雰囲気を一変する素敵なオブジェに。
「フレームがあるブーケでも、スパイラルになるように束ねます。ブーケの仕上げは手があたる部分の花の処理がとても大切。見えない部分も美しく作るのがプロの仕事です」
今回の花材:アスパラガス・ペラ、ヨウシュヤマゴボウ、モナルダ、シュロ、シースターファン、バラ(ビンテージレース)、ツワブキ、ブーゲンビリア、トケイソウ、エキナセア、アキレア、アジサイ、レモンリーフ
「今回は夏の大三角のテーマに合わせて作ったフレームに負けない花を選びました。一般的にはブーゲンビリアをブーケには使いませんが、ツル性植物ならではの動きや、うっすらとかかったピンクのグラデーションが美しいと思って加えています。その他の花や草も形が全く違うものを選んだので、制作の難易度は上がりましたが、デッサンした時のイメージそのままの形に仕上げられたので、とても満足しています」
シェラーが持っている姿でもおわかりいただける通り、今回の作品は幅1メートルを超える巨大サイズ。色こそ軽やかですが、どれも個性の強い植物が選ばれていて、仕上がりの想像はつかず…しかし、出来上がってみれば、強烈な個性が響き合った素敵な小宇宙のような、唯一無二のブーケが完成しました。
シェラーの感性と技術力が光る作品です。
「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。
第八話予告
次回は新井光史が担当する夢の花屋。9月16日(金)午前7時に開店予定です。
Gérard Maas シェラー・マース
オランダ出身。STOAS University of Applied Sciences(農業分野での教員を育成する高等専門大学)に進学し、国家ライセンスを取得。祖国オランダをはじめ、ベルギー、フランスで経験をつんだ後、1994年にオランダスタイルのフラワーデザイン学校の講師として招致され来日し、以後5年にわたり教鞭をとる。2003年に再来日。翌年、日本で行われたダニエル・オストのインスタレーションをきっかけに第一園芸に入社。
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