夢の花屋

第一園芸のトップデザイナーが、世界中の絶景や名画、自然現象や物質を花で見立てた、
この世でひとつだけの花をあなたに贈る、夢の花屋の開店です。

第十一話「初日の出に見立てる」

2023.01.13

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この世にある美しいものを花に見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。
そのままでも美しいものを掛け合わせて魅せる、夢の花屋の第十一話は「初日の出」に見立てたアレンジメントです。
手掛けるのは第一園芸のトップデザイナーであり、フローリスト日本一にも輝いた新井光史。
ここからは花屋の店先でオーダーした花の出来上がりを待つような気持ちでお楽しみください。

初日の出と富士山

元旦に昇る日の出を拝み、一年の幸運を祈る「初日の出」は江戸中期の物見遊山(野山に遊びに行くこと)から始まったとされる風習です。
そして、霊峰富士とも呼ばれ、古来より山岳信仰の対象になってきた富士山は、その頂きに昇る初日の出が縁起がよいとされる、日本一ともいえる初日の出スポット。

富士山の初日の出は、山頂部に後光のように太陽が輝くダイヤモンド富士が有名ですが、雪が積もった斜面が照らされて紅色に染まる「紅富士」も吉祥の象徴とされる姿です。
ちなみに、葛飾北斎の浮世絵でおなじみの「赤富士」は夏の朝日に山肌が赤く染まる姿を現した言葉です。


見立ての舞台裏

新春、始まりの一作目に新井がイメージしたのは、縁起のよい初夢とされる「一富士二鷹三茄子」の「富士山」と、自身がフランスへ向かう途中、飛行機の窓から見た北極近くの強烈な「日の出」。この二つの吉祥を花で表現しようという試みです。

今回のために用意された器は、給水スポンジが敷き詰められた直径50cmほどの大きな水盤と、色とりどりのラン。そこへ新井が持ってきたのは…

きれいに切り揃えたサンゴミズキの枝でした。大皿いっぱいに用意されたこの枝を、全体に敷き詰めていきます。

サンゴミズキが敷き詰められた水盤に、まず挿したのは鮮やかなピンクのバンダ。

さまざまなランを次々と挿していきます。

あっという間にランがドーム状に!しかし、これが完成ではなく、更に新井ならではの仕掛けが用意されていました。

鮮やかな花の上に、サンゴミズキで作った笠状のオブジェを被せてしまいました。

オブジェの周辺にもランが挿されていきます。


完成、初日の出に見立てたアレンジメント

初日の出に見立てたアレンジメントが完成しました。

「新春ということで神々しい形にこだわってデザインした、アレンジメントです。この作品は、富士山の日の出を見たからという訳ではなく、光と山から強いインスピレーションを受けた時の感動を表現しました」

「2022年9月に久しぶりに国外で花を生ける機会に恵まれました。海外旅行が行きづらい今、久しぶりの渡航は初めてブラジルへ渡った時のことを思い出す体験でした。とくに印象に残っているのは、フランスへ向かう機内でウトウトしていた時のこと。近くに座っていた方が驚いたような声を上げたので、慌てて窓の外を見てみたら、強烈な日の出が山を照らし出していたのです。この世のものとは思えないような光景が忘れられず、その神々しい姿を花で表したくて、このデザインを思いつきました」

「花は『ラン』のみに絞りました。なぜかといえば、ランは植物の進化の中で新しく出現した種と聞いたからなんです。他の植物より遅れて現れたランは、既に他の植物が存在していた地上ではなく、木に着生することで生存競争に勝ち残る道を選んだそうです。独特な色や形もその進化の過程で変化してきたものだとか…」

「カラフルな水引は富士山から流れ出るエネルギーや、山を照らし出す光を表現しています。永遠を意味する常盤木、松の新芽は神の依代を、という思いから添えました」

背面からの姿です。どの方向から見ても素晴らしい富士山と同じく、このアレンジメントも全方位、魅力的な姿です。

今回も花材のスペアでブーケを制作。アレンジメントには登場しなかった、剣のような「ニューサイラン」にバンダとアランダ、そして水引を合わせた、モダンなデザインです。

今回の花材:サンゴミズキ、ラン(モカラ、バンダ、アランダ)若松

新年からは少し時間が経ちましたが、2023年の幕開けに吉祥にちなんだデザインのアレンジメントをお届けしました。

この作品の最もユニークな点は、主役とも言えるたくさんの鮮やかなランをサンゴミズキの笠の中に閉じ込めていることです。これは新井がつい最近「太陽の塔」の内部に初めて入ったことに触発されたからとか。
ちなみに、この太陽の塔の内部には約41mの「生命の樹」と呼ばれるオブジェがあり、幹や枝にアメーバー、恐竜、人類といった模型が取り付けられ、生命のエネルギーが表現されているそうです。

また、文中で新井も触れていた通り、フランスへの旅もこの作品のモチーフのひとつです。
2022年、新井は第一園芸の若手フラワーデザイナーと供に日本国内でのコンペに勝ち抜き、フランス最大級の花の見本市「NOVAFLEUR」で主賓のゲストプレイヤーとしてデモンストレーションや作品展示を行いました。
今までにもこうした大きなステージに何度も立ってきた新井ですが、コロナ禍での渡仏、若手との共演など、さまざまな思いが去来したであろう、この旅は、長いキャリアを折り返さず、突き進むきっかけのひとつになったことでしょう。

そして、これらの結晶ともいえる本作は、まるでマグマのようなエネルギーを内包し、年齢と創造は比例しないことが伝わる作品であったと思います。


「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。

第十二話予告
次回から夢の花屋は二巡目がスタート。次回は新井光史が古典文学の名作に見立てます。
2月10日(金)午前7時に開店予定です。

新井光史 Koji Arai

神戸生まれ。花の生産者としてブラジルへ移住。その後、サンパウロの花屋で働いた経験から、花で表現することの喜びに目覚める。
2008年ジャパンカップ・フラワーデザイン競技会にて優勝、内閣総理大臣賞を受賞し日本一に輝く。2020年Flower Art Awardに保屋松千亜紀(第一園芸)とペアで出場しグランプリを獲得、フランス「アート・フローラル国際コンクール」日本代表となる。2022年FLOWERARTIST EXTENSIONで村上功悦(第一園芸)とペアで出場しグランプリ獲得。
コンペティションのみならず、ウェディングやパーティ装飾、オーダーメイドアレンジメントのご依頼や各種イベントに招致される機会も多く、国内外におけるデモンストレーションやワークショップなど、日本を代表するフラワーデザイナーの一人として、幅広く活動している。
著書に『The Eternal Flower』(StichtingKunstboek)、『花の辞典』『花の本』(雷鳥社)『季節の言葉を表現するフラワーデザイン』(誠文堂新光社)などがある。