第十二話「枕草子に見立てる」
2023.02.10
贈gift
この世にある美しいものを花に見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。
そのままでも美しいものを掛け合わせて魅せる、夢の花屋の第十二話は「枕草子」の一節に見立てたアレンジメントです。
手掛けるのは第一園芸のトップデザイナーであり、フローリスト日本一にも輝いた新井光史。
ここからは花屋の店先でオーダーした花の出来上がりを待つような気持ちでお楽しみください。
枕草子とは
教科書でもおなじみの枕草子は、清少納言が平安中期に執筆した日本で最初の随筆です。
清少納言は漢学を学び、博学で高い知識を持っていたことから、一条天皇の妃である定子(ていし)の私的な女房(女官)として宮中に仕えました。
清少納言と定子は信頼関係にあり、ある時、定子から当時はたいへん貴重だった草子(冊子=ノート)を授かります。その草子に宮中で過ごした約7年間に感じた物事を綴ったものが「枕草子」です。
枕草子が特徴的なのは漢字とかな文字の両方が使われているところで、清少納言が執筆を行っていた時代の貴族が書く文字は、女性はかな文字、男性は漢字とされていました。こうしたことからも清少納言の自由な発想と教養の高さが伺いしれます。
ちなみに、同時代に「源氏物語」を書いた紫式部は清少納言の漢字の使用について「漢字を書き散らしているけれど、足りないことが多い」と日記に残しており、似た境遇にあった清少納言に対してライバル心を抱いていたという説もあるようです。
見立ての舞台裏
枕草子のテーマに対して用意されたのは和紙と白、緑の花々。
「和紙は平安時代にとても貴重だったそうで、紙があったからこそ生まれた枕草子への思いもあり、ぜひ使いたいと思いました」
ブーケに加える、和紙を格子状に編んだオブジェを作っています。
今回の主役は白い椿。先に椿だけで作ったブーケが用意されていました。
この椿のブーケを中心に、その他の花を加えていきます。
白い花だけではなく、緑のテマリソウも加わりました。
いろいろな角度から見てバランスをチェック。
作業の終盤にブーケを振る、不思議な動作が。
「花と花の空間を活かしつつ、配置を気にしながら束ねるのですが、束ねる過程でその空間が重力で狭まり、密になってしまうことがあるので花の位置を調整します。
その後にブーケを振ると、微妙にずれていた素材同士がしっかり適切な位置に納まってボリューム感がありながら軽い仕上がりの花束になるんです」
美しいスパイラル状にブーケが組み上がりました。
麻ひもを結んで、ブーケの完成です。
完成、枕草子に見立てたブーケ
枕草子に見立てたブーケが完成しました。
「私にとって清少納言は、見慣れた景色がきらきらした世界に一変する、そんな視点や美意識を教えてくれた女性です。
閉塞的であったであろう、宮中の暮らしの中でも、その豊かな感性で物事を表現した…そうした清少納言の姿を、私は白いツバキに見立てました。
ツバキを取り囲むように加えた白い花々は中宮定子や宮中の個性的な貴族を表しています」
「白でまとめたのは、第一段の『冬はつとめて』ではじまる一文に由来します。平安時代の旧暦では1月から3月が春とされていて、この『夢の花屋』が公開されるタイミングを旧暦と照らし合わせると1月20日になります。
暦の上では春でも、まだ雪が降るような時だったのではないかと思い、明るい白の花を選びました。
フラワーデザインではあまり馴染みがないツバキを使ったのも、冬から春にかけて咲く、季節を繋ぐ花だからなんです」
最初に作った和紙のオブジェをブーケに加えます。
「ブーケを隠すような和紙で作った格子のオブジェを加えた理由は、清少納言が置かれた閉ざされた世界をイメージしました。あえて一輪のツバキをその中から飛び出させて、清少納言の才を称えています」
ツバキの小品
『追われるツバキ、追うミモザ』と新井が名付けた、小さなアレンジメントです。
「寒い季節に咲くツバキの背後から、春の花、ミモザが迫る、季節の入れ替わりをユーモラスに表現してみました」
「今回用意したツバキの中に、佇まいが美しい一枝を見つけたので手元にあった器にすっと挿してみました。自然光に照らし出されたこの蕾は、冬の朝日を浴びる清少納言のようでした」
今回の花材:ツバキ、エピデンドラム、スイセン、レースフラワー、テマリソウ、アストランティア、フランネルフラワー、スカビオサ、ミモザ
『冬は、つとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず。霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎ熾して、炭もて渡るも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりて、わろし』
枕草子 第一段より抜粋
さて、今回は枕草子の第一段の一節「冬はつとめて…」のくだりを題材にしたブーケを制作しました。
順当に考えると「春はあけぼの」をテーマに春を予感させる花を作るのでしょうが、それを選ばないのは、新井が新井たる所以です。
とても傷みやすいツバキの花は、ブーケやアレンジメントには殆ど使われることのないものゆえに、このブーケがとても特別であることが伝わってきます。
そして、新井はこのツバキを清少納言に重ね、季節を待ってこの見立てに挑みました。
つまりこのブーケは、新井が強く惹かれた枕草子、そしてそれを書いた清少納言の審美眼と表現力に敬意を表した、オマージュともいえる作品でした。
冬の寒さを悲観的にとらえるのではなく、美しさを見いだした清少納言の感性が素敵だと思った、という新井の言葉に、千年の時が時空を超える瞬間を見た思いです。
「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。
第十三話予告
次回はシェラー・マースがヨーロッパの春景色に見立てます。
3月13日(月)午前7時に開店予定です。
新井光史 Koji Arai
神戸生まれ。花の生産者としてブラジルへ移住。その後、サンパウロの花屋で働いた経験から、花で表現することの喜びに目覚める。
2008年ジャパンカップ・フラワーデザイン競技会にて優勝、内閣総理大臣賞を受賞し日本一に輝く。2020年Flower Art Awardに保屋松千亜紀(第一園芸)とペアで出場しグランプリを獲得、フランス「アート・フローラル国際コンクール」日本代表となる。2022年FLOWERARTIST EXTENSIONで村上功悦(第一園芸)とペアで出場しグランプリ獲得。
コンペティションのみならず、ウェディングやパーティ装飾、オーダーメイドアレンジメントのご依頼や各種イベントに招致される機会も多く、国内外におけるデモンストレーションやワークショップなど、日本を代表するフラワーデザイナーの一人として、幅広く活動している。
著書に『The Eternal Flower』(StichtingKunstboek)、『花の辞典』『花の本』(雷鳥社)『季節の言葉を表現するフラワーデザイン』(誠文堂新光社)などがある。
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