夢の花屋

第一園芸のトップデザイナーが、世界中の絶景や名画、自然現象や物質を花で見立てた、
この世でひとつだけの花をあなたに贈る、夢の花屋の開店です。

第十三話「オランダの春の目覚めに見立てる」

2023.03.13

gift

この世にある美しいものを花で見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。
そのままでも美しいものを掛け合わせて魅せる、夢の花屋の第十三話は「オランダの春の目覚め」に見立てたブーケです。手掛けるのはオランダ出身のフローリスト、シェラー・マース。
ここからは花屋の店先でオーダーした花の出来上がりを待つような気持ちでお楽しみください。

オランダの春の目覚め

シェラーは2023年1月、数年ぶりに故郷のオランダへ里帰りをしました。
写真はその時の朝の様子。日本より春が遅いオランダでは、家の庭や公園でスノードロップを見つけると春の到来を感じるそうです。
季節の移り変わりは花とともにあって、冬の終わりにスノードロップやクロッカスといった花がまず咲き始め、スイセン、ヒヤシンス、そして4月中旬になるとオランダを代表する花、チューリップの見ごろがはじまります。
わずか8週間しか開園しないキューケンホフ公園が見れるのもこの時期です。

シェラーが本作のために描いたブーケのデッサン


見立ての舞台裏

今回、主役になる花は「スノーフレーク」。
前出のスノードロップは草丈が短く、切花としてはほとんど出回らないので、よく似た姿をしたスノードフレークを使用します。スズランスイセンの別名があるこの花は、鈴のように下向きに花をつけ、花弁に入る黄緑色のドットが特徴。ほんのりと甘い香りを感じる、楚々としたかわいらしい花です。

紙を丸めて作った枕に繊細な花を並べ、手際よく作業できるようにスタンバイ。

花の向きを揃えながら、約50本ものスノーフレークを束ねます。

束ねたスノーフレークを囲むように、ヤツデの花実を添えていきます。

シェラーが蔦のツルで作ったブーケの土台。

そこに先ほどのスノーフレークとヤツデのブーケを合体させます。

同じツルを使っていますが、乾燥の度合いによって色が違っています。植物ならではの色の変化を巧みに使いながら、全体を組み立てていきます。

ブーケの下にあてた大きな葉は「ヒマラヤユキノシタ」。デザインのアクセントでもありますが、持った時にツルの節が手にあたらないようにする心配りです。

球根付きの「オーニソガラム」

ツルの部分にオーニソガラムを一つずつ取り付けていきます。


完成、オランダの春の目覚めに見立てたブーケ

オランダの春の目覚めに見立てたブーケの完成です。

「まだ寒いオランダに里帰りした時、庭にスノードロップが咲いているのを見て思いついたデザインです。ヨーロッパの冬は暗く、長いので、一番早く咲くスノードロップを見つけるのがとても楽しみなのです。日本人が桜で春を感じるのと近いかもしれません」

「球根が付いたオーニソガラムを加えたのは、球根から芽吹く姿に春の息吹を感じるから。球根も瑞々しくきれいなので、乾いたツルの上にのせてコントラストの面白さをデザインしました」

ブーケの全体像です。
花瓶を置いているのは、シェラーがオランダでフローリストをしていた時に購入した、ハンドメイドの銅製のトレイ。

手作りならではの温かみと、経年で変化していく銅の質感が魅力的です。

「日本でも床の間に花を置くように、トレイの上に花瓶を置くと、特別な雰囲気が出るように思います。より花を大切にしているという感じでしょうか…」

今回の花材:ヤツデ、スノーフレーク、オーニソガラム、ヒマラヤユキノシタ

さて、オランダの春の目覚めに見立てたブーケはいかがだったでしょうか。
今回登場する二つの花「スノードロップ」と「スノーフレーク」はよく似た名前ですが、最も早く咲き始めるのが「スノードロップ」で、和名では「待雪草(まつゆきそう)」と呼ばれる花です。

スノードロップ

スノードロップは古くからヨーロッパで親しまれている花で、いくつもの伝説が語り継がれています。
よく知られているのはアダムとイブが楽園から追放された時、雪が降りしきり、恐れと不安の中にいる二人を慰めるために天使が雪に息を吹きかけて落ちた雪から咲いた花がスノードロップになったという伝説です。
他にも天地創造の時、全てのものに色彩が与えられた中で雪だけが色が決まらず、神様に相談したところ「花々から色をもらいなさい」と言われたものの、雪に色を渡す花はなく、スノードロップだけが「わたしの白色をどうぞ」と色を差し出し、雪は白をまとった…そしてそれ以来、雪はスノードロップが凍えないよう冬の間守り続けているという、ドイツの伝説も。こうした伝説からスノードロップには「希望」や「慰め」などの花言葉が付けられました。

そして、今回ブーケにした「スノーフレーク」は日本では春に出回る花で、スズランのような花と、スイセンのような葉からスズランスイセンの和名が付けられました。ヨーロッパでは初夏に咲くので「サマー・スノーフレーク」と呼ばれています。こちらの花言葉は「純粋」や「汚れなき心」など。

日本では早春を梅で知り、本格的な春を桜で感じますが、ヨーロッパではこの花々が春を告げる大切な花であることが花言葉からもよく伝わってきます。
長い冬が明ける喜びを花で感じる心は洋の東西を問わないようです。


「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。

第十四話予告
次回は新井光史が担当する夢の花屋。4月14日(金)午前7時に開店予定です。

Gérard Maas シェラー・マース

オランダ出身。STOAS University of Applied Sciences(農業分野での教員を育成する高等専門大学)に進学し、国家ライセンスを取得。祖国オランダをはじめ、ベルギー、フランスで経験をつんだ後、1994年にオランダスタイルのフラワーデザイン学校の講師として招致され来日し、以後5年にわたり教鞭をとる。2003年に再来日。翌年、日本で行われたダニエル・オストのインスタレーションをきっかけに第一園芸に入社。