第十五話「エメラルドに見立てる」
2023.05.12
贈gift
この世にある美しいものを花で見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。
そのままでも美しいものを掛け合わせて魅せる、夢の花屋の第十五話は「エメラルド」に見立てたブーケです。手掛けるのはオランダ出身のフローリスト、シェラー・マース。
ここからは花屋の店先でオーダーした花の出来上がりを待つような気持ちでお楽しみください。
エメラルドとは
5月の誕生石エメラルドは、ダイヤモンド、ルビー、サファイアと並ぶ四大宝石のひとつです。
語源は緑色を表す古代ギリシアの言葉「smaragdus」に由来するとも考えられていて、紀元前3,500年頃から古代エジプト文明で価値のあるものとして扱われていたようです。アレクサンダー大王やローマ皇帝ネロといった古代の支配者たちもエメラルドを権力や富のシンボルとしていました。
エメラルドの特徴は、エメラルドグリーンと呼ばれる鮮やかな緑色に加え、結晶が形成される過程で生じたインクルージョンと呼ばれる内包物が含まれていることです。一般的にインクルージョンがある宝石は価値が下がるといわれますが、エメラルドの場合は天然の証とされ、宝石商の間では美しく入ったインクルージョンを「ジャルダン(庭)」と呼ぶことがあるそうです。
エメラルド独自の緑色はさまざまな文化で、生命力、成長、再生の象徴とされていて、万物がいきいきとする5月の誕生石に選ばれたという説もあります。
また、花に花言葉あるように宝石にも宝石言葉があり、エメラルドの宝石言葉は「幸福」「幸運」「愛」「希望」などです。
シェラーが本作のために描いたブーケのデッサン
見立ての舞台裏
エメラルドをイメージしてシェラーが用意した花々です。
花はバラのみ。その他はさまざまな色合いの植物が丁寧に並べられています。
ブーケ作りは1本の花と枝葉の組み合わせからはじまります。
今回作るのは伝統的なビデマイヤー*スタイルのブーケ。用意した花材を順に組みながら、大きなブーケに仕上げます。
*ビデマイヤースタイルとは、中心から同心円状にさまざまな植物を組み合わせたブーケで、ウェディングブーケなどによく使われるスタイルです。
数本を組んだだけで既にブーケの姿になっています。美しいブーケを作るには、最初から最後までシルエットを崩さず組んで行くことが重要。
紙で作った枕に並べられているのは、極細の茎を持つコバンソウ。一本一本丁寧に処理をされ、出番を待ちます。
みるみる内に100本を超える束が組み上がっていきます。
最後にツワブキの葉を加えて完成です。
完成、エメラルドに見立てたブーケ
エメラルドに見立てたブーケが完成しました。
「今回は5月のウェディングブーケをイメージしながら、エメラルドの色を再現するだけではなく、エメラルドが持つ意味に着目して花を選びました」
「主役の花材は内側から外側に向かって黄緑色が濃くなるヤギグリーンというバラです。花はこれ1種だけで、生命力、成長、再生といったエメラルドの象徴を表す植物を加えました」
「細いツルを伸ばすリキュウソウは生命力、穂を付けるコバンソウや、果実が付くグミの葉には成長、種が詰まったケシの果実は再生という意味を込めています」
「ブーケを持つ時に手があたる部分にはツワブキの葉で保護しています。ツワブキは葉の形や色がドラマティックで、私が好きな日本の植物です。そして、一年中青々としている常緑の葉は西洋でも縁起がよいものとされていて、不老不死の意味があります」
束ねられた茎までも美しい姿をしています。
今回の花材:リキュウソウ、グミ、コバンソウ、ケシ、レモンリーフ、バラ(ヤギグリーン)、ツワブキ(写真外)
5月の誕生石「エメラルド」に見立てたブーケはいかがでしたでしょうか。
宝石の色をそのまま表現するのではなく、長い歴史の中で大切にされてきたエメラルドが持つ意味を花で表現しているのが、ヨーロッパでフローリストとしての腕を磨いたシェラーならではのこだわりです。
未来への願いを込めた意味も美しい、ウェディングにもぴったりなブーケとなりました。
「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。
第十六話予告
次回は新井光史が担当する夢の花屋。6月12日(月)午前7時に開店予定です。
Gérard Maas シェラー・マース
オランダ出身。STOAS University of Applied Sciences(農業分野での教員を育成する高等専門大学)に進学し、国家ライセンスを取得。祖国オランダをはじめ、ベルギー、フランスで経験をつんだ後、1994年にオランダスタイルのフラワーデザイン学校の講師として招致され来日し、以後5年にわたり教鞭をとる。2003年に再来日。翌年、日本で行われたダニエル・オストのインスタレーションをきっかけに第一園芸に入社。
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