夢の花屋

第一園芸のトップデザイナーが、世界中の絶景や名画、自然現象や物質を花で見立てた、
この世でひとつだけの花をあなたに贈る、夢の花屋の開店です。

第二十一話「源氏物語に見立てる」

2024.03.01

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この世にある美しいものを花に見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。そのままでも美しいものを掛け合わせて魅せるのが夢の花屋です。
第二十一話は「源氏物語」に見立てたアレンジメント。手掛けるのは第一園芸のトップデザイナーであり、フローリスト日本一にも輝いた新井光史。
ここからは花屋の店先でオーダーした花の出来上がりを待つような気持ちでお楽しみください。

源氏物語とは

日本古典文学の最高傑作の一つであり、11世紀初頭に紫式部によって書かれたと考えられている54帖、約100万字からなる大長編小説です。およそ千年前の平安時代中期、隆盛を極めた貴族社会を舞台に、主人公である光源氏と関わる女性たちの恋愛や平安の貴族の生活などが細やかに綴られています。

また、源氏物語にはおよそ110種類の植物が登場。人間模様や色の比喩などに植物が例えられ、物語に深く関わるものとして描かれています。こうした植物は現在でも「京都府立植物園」や「城南宮」などで源氏物語ゆかりの植物として鑑賞することができます。


見立ての舞台裏

仲春ならではの花たちが出番を待ちます。手前の黒い箱は今回のために新井が手作りしたもの。

新井が描いた、このアレンジメントのためのデッサン。

最初に挿したのはテマリソウと小分けにしたスイートピー。

ミモザが入るといっきに春めいた雰囲気に。

更に小さな花々が加わり、華やかさが増していきます。

あっという間に隙間なく花が敷き詰められました。

新井が手に取ったのは金色に塗ったワイヤー。

このワイヤーを放射線状に並べて、コロニラを巻きつけていきます。

仕上げにタッセルが加わりました。


完成、源氏物語に見立てたアレンジメント

源氏物語に見立てたアレンジメントが完成しました。

「今回はいま話題の『源氏物語』をテーマにしたアレンジメントを作りました。源氏物語の世界感には扇がぴったりだと思い、器を作ることからはじめました。きっちり花をフラットに詰め込むと西洋風の表現になってしまうので、野に自然に生えているように生けています」

扇の歴史:
扇が生まれたのは奈良時代と考えらえていて、もともとは紙の代用として記録用に使用されていた、薄く細長い木片を綴じた木簡(もっかん)が原型とされています。
源氏物語が書かれた平安中期ごろになると扇は貴族の装束の一部となり、紙や絹が竹骨に貼られ、装飾が施されるなど、持ち主の個性が現れた扇が使われるようになります。
室町~桃山時代になると、末広がりのかたちが繁栄や開運を表す縁起物とされ、文様として着物の柄などに用いられるようになりました。

「扇の中骨を意識して、金に塗ったワイヤーにマメ科ならではのツルが美しいコロニラを巻き付けました。直線と自然な曲線の組み合わせも絵巻物で見る、平安時代の様子を意識しています」

「花は紫式部が見ていた春の景色を空想しながら選びました。今回使った花は平安時代にはほとんど存在していないものばかりだと思いますが、往事の雅な人たちが鴨川沿いで色とりどりの春の花を愛でる…そんなイメージなんです」

「もし、紫式部がこの花を見たら、どんな風に表現するんだろう?そんなことを思いながら、このアレンジメントを作りました」


もうひとつの扇のアレンジメント

今回も源氏物語に見立てたアレンジメントのスピンオフとして、全く違うデザインの扇をイメージしたアレンジメントが用意されていました。
扇のシルエットはルスカスの茎のラインを活かし、らせん状に組みながら広げて形どっています。胡蝶蘭は一輪づつ極小の容器に水を入て保水。たった2つの花材だけで扇を表現した、新井の技術力と審美眼が光るアレンジメントです。

今回の花材:ビバーナム、コロニラ、ミモザ、スイセン、クレマチス、スイートピー、タラスピ、アストランチア、シレネ、テマリソウ、エピデンドラム、サクラコマチ、ブルーレースフラワー、スカビオサ、クロモジ

源氏物語に見立てたアレンジメントはいかがでしたでしょうか。

この物語が書かれた平安時代中後期、扇は高貴な人々のための必需品でした。正装の際の持ち物でもあり、親族以外に顔を見せる文化がなかった女性が顔を隠すためにも使われていました。また、扇面に和歌を書いたり、花を載せたりと贈り物の道具にもなっていたようです。

源氏物語の第四帖「夕顔」では、はじめて見た夕顔の花を摘み取ろうとした光源氏に、その花をのせるために和歌が書かれた香を焚き染めた扇を『夕顔』から贈られ、そのセンスに光源氏が惹かれるという一節が描かれています。

当初、この古典の大長編をどのように表現するのだろう?と思っていましたが、こうして花で形どられた扇を見ると、不思議と平安時代の雅な景色が浮び、源氏物語の世界感が表わされたことにとても驚きました。
およそ110種類もの植物を物語に登場させた紫式部がこのアレンジメントを見たのなら、どんなふうに表現したのでしょう。美しさの表現を巧みに使い分けた、紫式部の感性が新井ならずともとても気になるのです。


「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。

第二十二話予告
次回はいよいよ新たなデザイナーが登場します。4月1日(月)午前7時に開店予定です!

新井光史 Koji Arai

神戸生まれ。花の生産者としてブラジルへ移住。その後、サンパウロの花屋で働いた経験から、花で表現することの喜びに目覚める。
2008年ジャパンカップ・フラワーデザイン競技会にて優勝、内閣総理大臣賞を受賞し日本一に輝く。2020年Flower Art Awardに保屋松千亜紀(第一園芸)とペアで出場しグランプリを獲得、フランス「アート・フローラル国際コンクール」日本代表となる。2022年FLOWERARTIST EXTENSIONで村上功悦(第一園芸)とペアで出場しグランプリ獲得。
コンペティションのみならず、ウェディングやパーティ装飾、オーダーメイドアレンジメントのご依頼や各種イベントに招致される機会も多く、国内外におけるデモンストレーションやワークショップなど、日本を代表するフラワーデザイナーの一人として、幅広く活動している。
著書に『The Eternal Flower』(StichtingKunstboek)、『花の辞典』『花の本』(雷鳥社)『季節の言葉を表現するフラワーデザイン』(誠文堂新光社)などがある。