第二十三話「奥入瀬渓流に見立てる」
2024.05.01
贈gift
この世にある美しいものを花に見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。そのままでも美しいものを掛け合わせて魅せるのが夢の花屋です。
第二十三話は「奥入瀬渓流」に見立てたブーケ。手掛けるのは第一園芸のトップデザイナーであり、フローリスト日本一にも輝いた新井光史。
ここからは花屋の店先でオーダーした花の出来上がりを待つような気持ちでお楽しみください。
奥入瀬渓流とは
青森県の十和田湖から太平洋に流れ出る奥入瀬川の上流である、十和田湖東岸の子ノ口(ねのくち)から焼山までの約14 kmが奥入瀬渓流です。
こうした奥入瀬渓流ならではの景観はこの地域特有の地形と気象、そして植生の奇跡的なバランスが生み出したものです。
水辺ぎりぎりまで植物が生い茂り、木や岩に苔むしているのは、川が氾濫することが少ないためです。これは十和田湖が天然のダムの役割をしているので大雨が降っても水量が安定しているのが大きな理由です。また、渓流の勾配も緩やかなので激流が起こりづらく、岩や木に付いた苔が洗い流されずに苔が育ち、植物は河岸ぎりぎりまで生い茂ることができるのです。
梅雨から夏にかけては渓谷内に湿った空気が留まるため、苔類の生育が盛んになり、岩や木のみならず橋の欄干なども苔に覆われます。
渓流沿いに広がる森はトチノキ、カツラ、サワグルミといった落葉広葉樹を中心とした木々が光を求めて背高く生い茂り、その日陰となる足元には約60類が生息しているとされるシダ類が広がって豊かな森を形成しています。
見立ての舞台裏
今回はさまざまな緑色の花材が用意されました。
新井が描いたこのブーケのためのデッサンです。
ブーケのつくり始めは、新井が丁寧に洗って乾燥させた植物の根と水色のアジサイ、パフィオから。
水煙を思わせるスモークグラスが加わりました。
黄緑のアジサイやナルコランが入って、いっきに新緑の雰囲気に。
短時間のうちにこれだけの本数の草花が束ねられました。
完成、奥入瀬渓流に見立てたブーケ
奥入瀬渓流に見立てたブーケが完成しました。
「数年前に奥入瀬渓流に行ったときの印象をブーケにしました。渓流に沿って遊歩道があるので、水の流れが間近なんです。ちょうど自分が行ったときは長雨の後で、水流が激しくて、ちょっとした恐怖を覚えました。
でも、周りの木々を見ると、降り注ぐ木漏れ日がきらきらと輝いていて、時間が止まったような、その場が浄化されるような、不思議な気分になりました」
違う位置からブーケを見てみると、また違った印象に。
「写真などで見ると奥入瀬渓流は緑一色のイメージがありますが、現地でよく見てみると、いろいろな植物があることがわかります。当然ながら花屋で売っているものとは違うんですが、あのときに見た植物を思い出しながら、花材を選んでみました」
「木々のイメージを表したのはソメイヨシノの新緑です。天然の森には無いソメイヨシノをあえて選びました。ちょっとした遊び心です」
「ホトトギスのような花が咲いていたので、後で調べてみたら『ヤマジノホトトギス』というホトトギスの仲間でした。奥入瀬では緑に圧倒されて、よく目をこらさないと花に気づけません。だから、このブーケにも目立たないけど、個性的な花を入れようと思ってパフィオを加えました」
「水の流れはスモークグラスで表現しました。細かな粒はまさに水煙のようです。細い茎から伸びた、丸く垂れ下がる花が水しぶきのイメージにぴったりだったシレネ・グリーンベルも加えています」
「奥入瀬には『エゾアジサイ』も咲いていました。このブーケではエゾアジサイのようなガクアジサイではなく、花屋の花ならではの美しさがある、手まり咲きのアジサイに変えています。近くに見えるのはタバリアファンというシダの一種。やわらかで繊細な葉がきれいなシダです」
ブーケを真上から見てみました。
アシメントリーなのに、正円を感じるように仕上がっているのが新井の技術力です。
「奥入瀬渓流では倒木や折れた枝をよく見かけました。特別保護区なので、基本的には自然そのままにしてあるそうです。庭園のように整えないところも魅力だなと思って、瑞々しい緑の中に枯れた根を入れました。命の循環を表せたらと思っています」
今回の花材:アジサイ、ヒペリカム、スモークグラス、タニワタリ、葉桜(ソメイヨシノ)、パフィオ、タバリアファン、ガーベラ(グリーンスパイク)、シレネ(グリーンベル)、ラナケリア、利休草、ナルコラン、ベアグラス、乾燥させた根
天然保護区域の奥入瀬渓流では生態系の保護のため、野生植物の採取や損傷が禁じられている上に、登山道や木道以外に踏み込むこともできません。
しかし、今回のテーマはそんな場所を全て花屋の植物で見立てるという、自然に対する本歌取りともいえる難題でした。
新井は奥入瀬渓流で感じた清々しい風を表現したかった、といいます。
ありのままの自然にフラワーデザインで対するのではなく、その感動をシンプルに表現した、新井から自然への畏敬の念を表したのがこのブーケだと思うのです。
「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。
第二十四話予告
次回は志村紀子が登場します。6月1日(土)午前7時に開店予定です!
新井光史 Koji Arai
神戸生まれ。花の生産者としてブラジルへ移住。その後、サンパウロの花屋で働いた経験から、花で表現することの喜びに目覚める。
2008年ジャパンカップ・フラワーデザイン競技会にて優勝、内閣総理大臣賞を受賞し日本一に輝く。2020年Flower Art Awardに保屋松千亜紀(第一園芸)とペアで出場しグランプリを獲得、フランス「アート・フローラル国際コンクール」日本代表となる。2022年FLOWERARTIST EXTENSIONで村上功悦(第一園芸)とペアで出場しグランプリ獲得。
コンペティションのみならず、ウェディングやパーティ装飾、オーダーメイドアレンジメントのご依頼や各種イベントに招致される機会も多く、国内外におけるデモンストレーションやワークショップなど、日本を代表するフラワーデザイナーの一人として、幅広く活動している。
著書に『The Eternal Flower』(StichtingKunstboek)、『花の辞典』『花の本』(雷鳥社)『季節の言葉を表現するフラワーデザイン』(誠文堂新光社)などがある。
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