第二十七話「ラプソディ・イン・ブルーに見立てる」
2024.09.01
贈gift
この世にある美しいものを花に見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。そのままでも美しいものを掛け合わせて魅せるのが夢の花屋です。
第二十七話は「ラプソディ・イン・ブルー」に見立てたアレンジメント。手掛けるのは第一園芸のトップデザイナーであり、フローリスト日本一にも輝いた新井光史。
ここからは花屋の店先でオーダーした花の出来上がりを待つような気持ちでお楽しみください。
ラプソディ・イン・ブルーとは
「ラプソディ・イン・ブルー(Rhapsody in Blue)」は、アメリカの作曲家ジョージ・ガーシュウィンが25歳のころに作曲したピアノ独奏と管弦楽のための作品です。1924年に初演され、ジャズとクラシックが融合した「シンフォニックジャズ」と呼ばれる新しいジャンルを確立した、ガーシュウィンの代表作です。
ガーシュウィンはロシア系ユダヤ移民の子として、1898年にニューヨークのブルックリンで誕生。正式にピアノを習い始めたのは12~13歳からで、アカデミックな音楽教育を始めるには遅いスタートでした。15歳で学校を中退すると、新譜を宣伝するために楽譜店で演奏をするソングプラガーという仕事に就きます。(当時、音楽はレコードではなく、生の演奏を聴くものだったので楽譜店は最新の音楽を伝える場所でした)この初見で新譜を弾く仕事が注目を集め、ガーシュウィンは音楽家としての頭角を現します。
やがて音楽家として成功を収めたガーシュウィンは、King of Jazzと呼ばれ大編成楽団を率いていたポール・ホワイトマンから1924年2月12日に行われた”An Experiment in Modern Music”というコンサートで披露するための作品を依頼されます。一旦は時間がないことを理由に断りますが、紆余曲折あって1月7日に作曲に取り掛かります。
当初、ガーシュウィンは「アメリカン・ラプソディ」というタイトルを考えていましたが、兄のアイラ・ガーシュウィンがギャラリーで見た19世紀後半のアメリカの画家、ホイッスラーの「Nocturne in Black and Gold – The Falling Rocket」や「Arrangement in Grey and Black No. 1」からインスピレーションを得て、曲名の変更を提案。ガーシュウィンもこれを気に入ったようで、音楽に関連する用語と色彩を組み合わせたホイッスラー風の「ラプソディ・イン・ブルー」というタイトルが誕生しました。
ガーシュウィンは数週間でこの作品を仕上げ、ポール・ホワイトマン楽団でオーケストレーションとアレンジを担当していた編曲家ファーデ・グローフェにこの新譜を渡します。グローフェの編曲が完成したのは初演8日前の2月4日。しかし、この時点ではガーシュウィンはピアノのソロパートは書いておらず、コンサートではアドリブで演奏することに。 結果、当時のセレブリティが多数聴衆にいたコンサートは大成功に終わり、ガーシュウィンは名声を極めます。
新井光史が花で見立てた、ラプソディ・イン・ブルー
「はじめて音楽に見立てた花に取り組みました。以前から形のない音楽をモチーフにしてみたいと思っていましたが、本当に表現できるのか悩ましく、ようやく実現することができました。
作品を作るにあたって、曲は『ラプソディ・イン・ブルー』、季節は9月と決めていました。
なぜかというと、自分にとってこの曲の世界観は、夏と秋の挟間のニューヨークの早朝の公園で、いろいろな植物が一斉に会話しているような…別世界に迷い込んだイメージなんです。
そんな夢のような光景を、色も形もさまざまな植物が重層する小宇宙のように表現しました」
ラプソディ・イン・ブルーのイントロはクラリネット奏者のロス・ゴーマンがリハーサルで、ふざけて譜面とは違う、なめらかにつなげて吹いた音をガーシュウィンが気に入って取り入れたといわれています。 「クラリネットのイントロは静かに何かがはじまるような、期待を感じます。このアレンジメントでも表現したくて、クラリネットの姿をイメージした『ニューサイラン』と、音色を表すようになめらかな曲線を描く『スチールグラス』を加えました」
「自分にとってラプソディ・イン・ブルーは、バラバラなパーツが組み合わさって強烈な魅力になっているように思うんです。 そんな混沌とした世界観に近づきたくて、あえて季節はずれの”ブルー”の『アジサイ』や、神様の悪戯のような不思議なコントラストの『カラジウム』、クレイジーな色合いの『ガイラルディア』、雑草のようにも見える『ゴーヤ』など、いつもなら組み合わせない、アクの強い植物をギュッと集めてみたんです」
ひっそりと存在を主張している小さなゴーヤの実。
これは新井が自宅で育てているゴーヤで、このアレンジメントのために選び抜いて持ってきたもの。
いくつもの試験管が繋がった花器は、新井の手作りです。全体を覆うようにつたう「リプサリス」がアレンジメント全体をひとつの世界に繋げています。
アレンジメントの上部だけを取り外してみました。ワイヤーでできた細い足が全体を支えている浮遊感のあるデザインです。
角度によって見え隠れする、黒味を帯びた大きな葉は「アロカシア」。明暗のコントラストを感じるこの曲の、暗の部分を表しているようです。
「このアレンジメントは二つのパーツに分かれていて、こちらのパーツは水辺をイメージしています。周囲には外と内をゆるやかに分ける木立のように『パンリード』をあしらいました」
水盤の上に浮かぶさまざまな色のアジサイは水面に咲く花のようにも、水鳥のようにも、そして、光のきらめきのようにも見えて、夢の中の景色を見ているようです。
さらにもうひとつ。「ラプソディ・イン・ブルーに見立てたブーケ」
見立ての舞台裏
今回はブーケバージョンの見立ても制作しました。用意されているのは、先ほどのアレンジメントで使用した花材を中心としたもの。
ブーケのはじまりは、ブルーの「アジサイ」と「ガイラルディア」から。
ブーケのかたちが出来上がっていきます。制作途中のこのサイズでも十分素敵なブーケです。
みるみる内に花が束ねられて、完成です。
完成、ラプソディ・イン・ブルーに見立てたブーケ
今度はラプソディ・イン・ブルーがブーケになりました。
「アレンジメントが序章のイメージだとすると、ブーケは中盤からクライマックスへ向かう部分をイメージしています。 色も形もサイズも違う花が四方八方にいきいきと伸びて、そして調和しているように感じていただけたら嬉しいですね」
別の角度から見てみると、全く違った印象に。 ひとつの曲でもプレイヤーが違うと印象が変わるように、花も見る方向で印象が変化します。
今回の花材(一部):ビバーナム コンパクタ、ガイラルディア、ゴーヤ、ルリタマアザミ、フロックス、アストランティア、クロホウズキ、アゲラタム、アロカシア、ベロニカ、カラジウム、コバンモチ、バラ、リプサリス、アジサイ
ガーシュウィンはその後、兄と共に数々のミュージカルを手掛けますが、「ポーギーとベス」が商業的に失敗し、1936年にハリウッドに移住して映画制作に携わるようになります。
1937年のはじめ、頭痛と幻覚に悩まされるようになり、7月11日に脳腫瘍で死去。享年38歳の短い人生でした。
ガーシュウィンが生涯で残した作品は舞台音楽57作、管弦楽曲11作、ピアノ協奏曲などが16作、ピアノ曲33作、歌曲548作。
ラプソディ・イン・ブルーは、わずか11作しか作られていない管弦楽曲の一作です。
「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。
第二十八話予告
次回は志村紀子が登場します。10月1日(火)午前7時に開店予定です。
新井光史 Koji Arai
神戸生まれ。花の生産者としてブラジルへ移住。その後、サンパウロの花屋で働いた経験から、花で表現することの喜びに目覚める。 2008年ジャパンカップ・フラワーデザイン競技会にて優勝、内閣総理大臣賞を受賞し日本一に輝く。2020年Flower Art Awardに保屋松千亜紀(第一園芸)とペアで出場しグランプリを獲得、フランス「アート・フローラル国際コンクール」日本代表となる。2022年FLOWERARTIST EXTENSIONで村上功悦(第一園芸)とペアで出場しグランプリ獲得。 コンペティションのみならず、ウェディングやパーティ装飾、オーダーメイドアレンジメントのご依頼や各種イベントに招致される機会も多く、国内外におけるデモンストレーションやワークショップなど、日本を代表するフラワーデザイナーの一人として、幅広く活動している。 著書に『The Eternal Flower』(StichtingKunstboek)、『花の辞典』『花の本』(雷鳥社)『季節の言葉を表現するフラワーデザイン』(誠文堂新光社)などがある。
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