第四十四話 《長谷川等伯の松林図屏風》に見立てる
2026.02.01
贈gift

この世にある美しいものを花に見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。そのままでも美しいものを掛け合わせて、新たな魅力を引き出す――それが夢の花屋です。
第四十四話は安土桃山時代の絵師・長谷川等伯の代表作《松林図屏風》に見立てたアレンジメント。手掛けるのは第一園芸のトップデザイナーであり、フローリスト日本一にも輝いた新井光史。
ここからは花屋の店先で花束の仕上がりを待つような、わくわくした気持ちでお楽しみください。

《松林図屏風》とは
安土桃山時代の絵師・長谷川等伯が描いた《松林図屏風》は、日本水墨画の最高傑作のひとつとして知られ、国宝に指定されています。
六曲一双(各扇 縦156.8cm × 横356cm)の屏風に、墨の濃淡だけで数本の松を描き出した本作は、静謐でありながら無限の広がりを感じさせ、制作年・依頼主・描かれた季節や場所が特定されていないという点でも、きわめてミステリアス。
鑑賞する人によって受け取る印象が大きく異なるこの作品は、等伯の人生と重ね合わせると、また別の表情を見せてくれます。
等伯は1539年、能登・七尾に生まれ、若い頃からこの地で絵を学びました。
1571年頃に京都へ上り、狩野派をはじめとする多様な画風に触れながら実力を磨きます。
やがてその才能は高く評価され、千利休や豊臣秀吉にも重用されるほどの人気絵師となり、当時絶大な権勢を誇った狩野派にとっても脅威となる存在へと成長していきました。
1591年には、秀吉の命で現在の智積院を飾る障壁画の制作も託されます。
しかし、その完成と時を同じくして、後継者として期待していた最愛の息子・久蔵を突然失うという悲劇に見舞われます。
その深い喪失の時期、1593〜1595年頃に描かれたと推測されているのが、この《松林図屏風》です。
通常、絵師は依頼主の注文に応じて作品を描くのが一般的でしたが、この屏風については、等伯が久蔵への思いを胸に、自らのために描いたのではないかとも言われています。
おぼろげな松林が霧の中から浮かび上がるように点在する光景ですが、近づいて見ると、松の葉は力強いというより、むしろ激しい筆の勢いで描かれ、幹や枝も一気呵成に捉えられた豪胆なタッチが見て取れます。
しかし、距離を置いて眺めると、季節も時間帯もつかめないまま、ただ静かで幻想的な気配だけが広がる――そんな不思議な佇まいが立ち現れます。
等伯は、胸の内にあった風景を、一瞬の感情ごとすくい取るように描きとめたのかもしれません。
そんなふうにも見えるこの作品は、見る人それぞれの心の琴線にそっと触れ、静かに、記憶や感情の奥を揺らしていくように思えるのです。
新井光史が花で見立てた《松林図屏風》

「いつか花で見立ててみたいと思っていた、《松林図屏風》に挑戦しました。季節は特定されていないということですが、自分は冬の景色に見えることから、この時期を選びました」

「今回の主役の松ですが、切り枝の場合、正月前が種類も豊富で状態の良いものが手に入ります。そこで、姿の良い『五葉松』を事前に用意しました」

「作品の空気感を表すために選んだ花材が『胡蝶蘭』と『ウスネオイデス』の2つです。胡蝶蘭は白一色の予定でしたが、撮影が進む中で墨の印象が欲しくなり、生花用の塗料で墨色を加えたところ、思いがけず微妙なニュアンスが生まれました」

「マットな質感と長く垂れ下がったシルエットが、霧や雪のイメージと重なる、エアプランツの一種『ウスネオイデス』で霞んだ景色を表しています」

「黒っぽい松は、そのままの色ではなく、生花用の染料を使って塗装したものです。等伯が力強く描いた松の葉をイメージしています」

「《松林図屏風》の浮遊感を出すために、白く塗ったワイヤーを使って松や胡蝶蘭を固定しています。台座は一見すると発泡スチロールのように見えますが、石膏を固めて作りました」

長い歴史を紡いできた日本画の中でも、長谷川等伯の《松林図屏風》は、ひときわ特異な存在です。
この作品が制作された安土桃山時代は、金箔や鮮やかな色彩による絢爛豪華な表現が主流でした。
そうした時代に、墨の濃淡だけで風景を描き、余白と空気感を主体に据えた点はきわめて画期的。注文制作が一般的だった当時に、個的な心情の響きを帯びた作品であることも、稀少と言えるでしょう。
今回のアレンジメントでは、その世界観に呼応して、モノトーンを思わせる花材で独自の「松林図屏風」を表現。
撮影の過程でも試行錯誤を重ね、初期段階では胡蝶蘭を白一色とし、のちに墨のニュアンスを得るため、一部を墨色に置き換えました。
花のアレンジメントでは珍しい配色で、試みそのものが新鮮さをもたらしています。
さらに、浮遊感を支える土台は白波のようでもあり、海岸線の波消しブロックを思わせる造形でもあります。
その二つのイメージが重なり合うことで、思いがけず時代感が交差するような見立てが生まれました。
精神性をたたえる《松林図屏風》を花で受け止める――その難題に挑んだ新井のチャレンジが、今回の作品に確かな息づかいを与えています。
《夢の花屋》でご紹介している新井光史が名画に見立てた作品
第四十三話 《洛中洛外図》に見立てる
第四十一話 ルネ・マグリットの《空白の署名》に見立てる
第三十九話 アンリ・ルソーの《夢》に見立てる
「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。
第四十五話予告
次回は志村紀子が登場します。3月1日(土)午前7時に開店予定です。

新井光史 Koji Arai
神戸生まれ。花の生産者としてブラジルへ移住。その後、サンパウロの花屋で働いた経験から、花で表現することの喜びに目覚める。 2008年ジャパンカップ・フラワーデザイン競技会にて優勝、内閣総理大臣賞を受賞し日本一に輝く。2020年Flower Art Awardに保屋松千亜紀(第一園芸)とペアで出場しグランプリを獲得、フランス「アート・フローラル国際コンクール」日本代表となる。2022年FLOWERARTIST EXTENSIONで村上功悦(第一園芸)とペアで出場しグランプリ獲得。2025年3月に行われたFlower Art Award2025でも川口太聞(第一園芸)とペアで出場しグランプリを獲得した。 コンペティションのみならず、ウェディングやパーティ装飾、オーダーメイドアレンジメントのご依頼や各種イベントに招致される機会も多く、国内外におけるデモンストレーションやワークショップなど、日本を代表するフラワーデザイナーの一人として、幅広く活動している。 著書に『The Eternal Flower』(StichtingKunstboek)、『花の辞典』『花の本』(雷鳥社)『季節の言葉を表現するフラワーデザイン』(誠文堂新光社)などがある。
Text・Photo 第一園芸 花毎 クリエイティブディレクター 石川恵子
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