花月暦

日本の文化・歳時記研究家の広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたのエッセイ。

第八十七話 「二月 立春 雨水」

2024.02.04

life

きざし

今年も立春を迎えました。
しばらくは冬の厳しい寒さと春らしい暖かな日が代わる代わるにやってきます。
今日は寒いといっているうちに、春のきざしがはっきりと現れ、冬のなごりを愛おしく思う。

人の心も往来を繰り返します。
だからこそ、この時期の花や芽吹きは格別です。
遠目で見れば真っ白な雪をかぶっているような梅の木。
まだ冷たい草むらをそっと手でかき分ければ見つかる蕗の薹。
暗い夜道のような森で明かりを灯すように開く椿の花。

草木や花とともに、静かな時を過ごすなら、春のきざしは心に深く間近に響いてきます。
いつの間にか吸いこんでは吐く、呼吸もゆっくりに。

新しい年の幕開けは大きな変化を伴うものでした。
まだその流れは収まるところにはありません。
大きな動きと早い流れ、そういう時代のめぐりに入ったのでしょう。

人間の力の及ばぬような変化を伴う時代には自分や大切な人を守るための工夫や思考が必要です。

時折、土の上に立ち、草木や花、季節とともに自分はあることを忘れずにいるなら、いつもはおぼろげな心の音やはるか遠くにあるような希望の輪郭が見えてまいります。

どんな時でも揺るがぬものを持つ一方でそうしたものと相反するような思考の柔らかさ。

季節のきざしやなごりとともに両極にある力を日々の中で培うことができればと思います。

椿と箕

古い箕(み)に山椿を合わせて。

呪力を持つといわれてきた箕は生活の道具であり、古墳からも出土する古い時代からのかたちです。

時にはお供物をいれるうつわとして、ある時は神聖なものを迎えるための依代としてさまざまな役割を果たしてきました。

その箕にやはり神聖な力を持つといわれる花の一つ、椿を結びます。
川に枝垂れるようにして咲いていた山椿は小さくもその気配は強く、照りのある葉にもみなぎるような力があります。

鬼やらいの包み

邪気払いの呪物の植物と稲穂を合わせて鬼やらいの包みに。

今は節分を過ぎて旧正月へと向かう道すがら。
古くは重なることも少なくなかった二つの行事。

今年は新年のはじまりに心をとめることができないまま、時を過ごしてまいりましたので、古い時代からずっと日本で行われてきた旧暦の正月に心を向けて。

節分と合わせてあらたな年のはじまりへの祝福と災い除けのかたちとして鬼やらいの包みとしました。

広田千悦子

文筆家。日本の行事・室礼研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい稽古を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

『花月暦』

『にほんの行事と四季のしつらい』

広田千悦子チャンネル(Youtube)

写真=広田行正