第三十話 心に木を植える
2023.03.21
知study
庭を持つとしたら何を植えたいだろうか。
実は京都に自分が造った庭がある。
こう書くと妙な壮大さというか浪漫のようなものがあるような感じがするが、大学の卒業制作で作庭した拙いものだ。
その庭は京都の古刹の庫裏にある。
大学は編入学だったので、中途からクラスに入った私が同級生達の輪に上手く馴染んだとは言えなかったが、庭園管理実習のたびに私が楽しそうにしているのに気づいたクラスメイトが自分のアルバイト先の尼寺を紹介してくれた。そして、私は庭掃除係として出入りするようになった。
アルバイトの休憩時間、初めは軒先でお握りを齧って過ごしていたが、日が経つごとにじわじわと建物の中へと侵入し休憩を取った。
次第に寺のプライベートな居住部屋に入り浸るようになり、懐の広い御前様がお喋りに付き合ってくださるのに甘えてお菓子など食べ散らかし、バイトに行っているのか三度の飯を食いに行っているのか分からないような生活をするようになった。
世間の流行の話や学業の話をする中で、御前様がぽつりと言う説法なのか説教なのかわからない言葉を聞いていた。
そんな日々が過ぎ、あっという間に卒業の時期が迫ってきた。
卒業するためには何かしら成果を残さねばならぬ。
同級生たちが正確なパースペクティブで設計図を書き上げてはランドスケープデザインをする中で、技術と知識がなかった私にやれることは少なかった。
悩んだ末、庭を作らせて欲しいと御前様に相談したところ、寺の裏の空き地に作ってもよいとお許しをいただいた。いつかの工事で余ったのか積まれたままの石材も好きなだけ使ってよいという。なんという太っ腹な施主であろうか!
大学の担当教官に指示を仰ぎつつ、施主である御前様のご意向を聞き取り、プライベート空間ならではの四季を感じられるような優しい庭を目指したデザインを試みた。
たくさんあった石材は細長く切り出された御影石が多く、それらを並べて川の流れを表現する。尼寺だから庭の入り口には女の子の象徴のような桃の花がいい、という御前様の希望にあわせてハナモモの木をシンボルツリーとして選んだ。
ハナモモは「モモ」の名こそ付くが、食用となる味の良い果実は実らず、華やかな花の後に梅の実ほどの小さな実が生る、どちらかというと花を楽しむ花木だ。
その木の下にはこれまた庭の片隅に転がっていた手水鉢を設置し、ここから湧き出た水が川となって流れていくという物語を表現した。
黙々と固まった土を耕し、小石を取り除き、更に2トントラック1台分の土を追加して地盤を作る。整った地面に設計図通りに石を運んで配置していく。図面上と実際に並べてみたのでは見え方が違うため、何度も配置を変えては正解を探していき、だんだん訳が分からなくなったところで腹を括って石を据える作業に移る。
石の大きさより少し大きく穴を掘り、水平器を使って石の表面が水平であることを確かめながら石を埋めていく。土を足したり減らしたりしながら、ゴムのハンマーで石全体を叩きながら土と馴染ませる。
一度据え終わったとしても、水捌けや土の状態によっては石がさらに沈んだり、全体の中で風景から浮いている箇所があったりするから、一つ据えては何処かを修正し、全体を眺めてはまた修正し、だんだん要領が掴めてくるとどれ位掘ればすっと収まるのかの目分量が分かるようになってくる。
寒空の下でこんこんと土を掘って石を埋めて叩いて確かめてを繰り返しているうちに、石にも表と裏のようなものがあるのが見えてくる。もちろん正面を向かせて据えつけてやりたいから、この子の一番いい顔はどこだろうと撫でたり転がしたりしながら石と向き合ううちに庭が出来上がっていく。
私が庭を作っているのを聞きつけた友人が手伝いと称して遊びにきて、石の上でふざけて跳ねたら長い石材の真ん中からポキリと折れた。顔色を変えた私と何も言えなくなった友人は石の配置を組み直した。
全ての石が据え終われば庭に植物を彩りとして加えていく。
別の庭園管理のアルバイトでお世話になっていた本職の庭師である、私の親方がトラックでハナモモの木を運び入れてくれた。
根を麻布で包んだ状態でやってきたその株は、私が発注したサイズよりも一回り大きかった。おそらく親方が色を付けて購入してくれたのだろう。
根の包みより一回り大きく穴を掘り、柔らかい布団の中で居心地の良い姿勢を探させるように株をそっと植え込み、無事に根付いてくれることを祈った。
最後に石の一つ一つに水を撒き、束子で擦り洗い、手水鉢に水を張って、夏から始まった私の作庭作業は卒業制作発表の数日前にどうにかギリギリ終了した。
父に庭の完成を報告がてら庭の名前について相談した。
数日後に「桃元庭」でどうだと提案があった。
庭の持ち主になる御前様に、この名前で大学の卒業制作審査会に提出してよいかとお伺いをたてたところ「あんたさんの名前が一文字入って、たおやかでよろしいな」と快く許可がおりた。
それから約20年。所用で京都を訪れても寺を訪れることなく不義理を重ねてきたが、今年の春に機会が訪れた。勢いに任せて連絡を取り押しかけてみると、境内には寺に伝わる雛人形が飾られ、地面を覆う青々とした苔の上に梅の花が散り落ちて、春の喜びに満ち満ちていた。
「まぁ見てみよし」と促されて木戸をくぐり抜けると、桃元庭でハナモモの木は私を待っていてくれた。
植え付けた時には樹高2メートル半たらずだった株は大きく枝を広げ、必死で据えた石たちは草に埋もれる部分があるものの、崩れることなくしっかり座っていた。
「花の後にね、かわいい実がつくさかいに種子をとりましてな。御守りを作って皆さんにお配りしたこともあったんえ。まぁ喜んでもらえましたわ」となかなかの商売上手の御前様の言葉に、ハナモモが花で楽しませるだけでなく、思わぬ仕事もこなしていることを知り、笑ってしまう。
食べられずとも実をつける樹を選んでよかったと嬉しくなった。
そのハナモモに、また花盛りの時に会いに来るね、と心の中でつぶやき、桃元庭を後にした。
さて、私が庭を持つとしたら次は何を植えようか。
花が見られるものだと楽しかろう。実も味わえればさらに楽しかろう。
あれもこれもそれもどれもよい。
宮内 元子 みやうち ちかこ(文・2~5枚目写真)
水戸市植物公園 勤務
元 渋谷区ふれあい植物センター 園長
植物園の温室に住みたいという欲望を拗らせて現職。
今行きたい植物園はドイツのダーレム植物園。
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