庭の中の人

ガーデナーや研究者、植物愛あふれる人たちが伝える、庭にまつわるインサイドストーリー。

第三十二話 季節の落とし物

2023.05.21

study

どうやら私は小さいところに目が行きやすいらしく、鳥の目よりも虫の目の持ち主なのかなと最近思う。花が咲いたとか、木の実が落ちているとか、そんなことには気付きやすいのだが、大きな木の存在や枝ぶりに対してはそもそもの存在を見落としがちだ。
春になりサクラの木が色付くたびに、あそこにサクラがあったのか!と新鮮な気持ちで山々を眺める。さまざまな緑色の中に綿菓子のような薄紅色が混じっているのは大きな点描画を鑑賞するようで嬉しくなる。
水戸の地に越してきてから、フジの花が網を投げたように枝の上に広がっているのを目の当たりにした。藤棚を見上げるのも楽しいが、緑に包まれた山のフジを見て過ごすのも嬉しいものだと知った。
空をゆく鳥のように広くさまざまなものを見ておらず、ひとつひとつの小さな変化にぽつぽつと気付く地際の虫の気持ちで私は世界を眺めている。

もうひとつ、街路樹や公園の一般的な樹木の下ではなく自然豊かな場所を歩くようになって気付いたことがある。秋のドングリだけではなく四季を通じてさまざまな物が足元には落ちているのだ。
春に樹木の新芽が芽吹きだすと、サクランボのような形をしていて愛らしいメタセコイヤの果実が落ちてくる。秋に落ちず気合で枝にしがみ付いていた分が新芽に場所を譲り、ついに全て落ちてくる。
サクラの木の下では花びらだけではなく花一輪ずつが落ちている。
嵐が来たわけでもないのに妙だなとしばらく観察していると、小鳥が枝から枝へと飛び移りながら花の中に嘴をうずめていた。
シジュウカラやスズメは短く太い嘴で蜜が溜まった花の基部に穴を開けて食事する。そのおこぼれである落ちてしまった花を拾って帰る。水を張った皿に花を浮かべて、机の上でお花見の二次会にあずかるのだ。
ちなみに、頭が若草色で目の周りだけ白いメジロもサクラの蜜を食べに来るが他の小鳥たちより嘴が細くて舌が長いので、行儀よく蜜を吸って花を散らさない。テーブルマナーの良い鳥だ。

4月下旬から植物園業界のパンダ的存在「ハンカチノキ」が開花しはじめる。命名者のフランス出身の宣教師で博物学者のアルマン・ダヴィッドは中国で博物学調査を行い、ヨーロッパにジャイアントパンダの存在を報じた人物だ。
ダヴィッド神父はパンダのみならず、枝先に白いハンカチが干してあるような樹木も発見した。これがハンカチノキで、今や植物園の花形だ。
風に揺れる薄くて白い2枚の苞葉はよく目立ち、沢山ぶら下がっていると洗濯日和だなと思う。しかし花の盛りを過ぎるとそのハンカチが風に乗って散ってしまう。
残念なことにクシャっと地面に落ちた様子は、鼻をかんで丸めて捨てたチリ紙のようなのだ。雨の後など地面一面にチリ紙が落ちているようで、ゴミはゴミ箱にちゃんと入れなさいよね!と𠮟りたくなってしまう。植物園の珍風景の一つだ。

初夏になり空気の中に懐かしいあの香りが漂うと、足元にころころと転がる青い実を蹴りながら幼い頃に「触っちゃだめよ!」と教えられたのを思い出す。ウメの青く固い未熟な果実には中毒を引き起こす物質があるため、子どもがうかつに口に入れさせないための注意だったのだと今になって気付く。
街のどこかには必ずといっていいほどウメの木を植えているお宅があり、初春の花はもちろんだが、初夏に漂う熟れた果実の香りはよいものだ。
果実がなる木は実が多くなり過ぎた場合、間引いて種子を確実な物とする必要があり、子孫存続のために木は自ら果実を落として数を調整する。
そういえば高知のある街を歩いていた時、道が真っ赤に染まっているのを見て驚いたことがある。近づいてみるとヤマモモの果実がびっしりと落ちて、緋毛氈(ひもうせん)を敷いたようになっていた。ジャムや果実酒の材料となるビー玉大の果実は生食もできるので、できるだけ大きく食べ応えのありそうな実を探しては、そのまま口にして大粒の種子をプっと飛ばした記憶が懐かしい。

寒さが本格的になる11月の末から、ヒマラヤスギの木の下に茶色のバラのようなものと、小さなイカの干物状の欠片が散らばっているのに気付く。10㎝以上もある大きな松笠は完全に熟すと樹上で分解し、イカのような鱗状の部分と、分解せずに残ったバラの花のような先端の部分が落ちてくるのだ。
花のような形の部分はシーダーローズと呼ばれることもあり、これを集めてリースの飾りにするととても豪華になるので、落ちる時期になると樹の下でハンターの目つきの人がかち合うことになる。収穫は早い者勝ちなので公園のどこにヒマラヤスギが生えているかを探しておくと良いだろう。

鳥のように高いところから枝先を眺め、蟻のように足元を探しては上へ下へと落ち着かぬ視線でフワフワと歩く私を木々はどう思っているのだろうか。
木の落とし物をポケットいっぱい拾って帰りたい気持ちになるが、同じように誰かが気付いて拾い楽しんでくれたらいいなと思うので全部は拾わないことにしている。
あなたの足元にはどんな物が落ちていますか。素敵な宝物を拾ったら教えてください。

宮内 元子 みやうち ちかこ(文・写真)

水戸市植物公園 勤務
元 渋谷区ふれあい植物センター 園長
植物園の温室に住みたいという欲望を拗らせて現職。
今行きたい植物園はドイツのダーレム植物園。