庭の中の人

ガーデナーや研究者、植物愛あふれる人たちが伝える、庭にまつわるインサイドストーリー。

第三十三話 植物園にいらっしゃませ

2023.06.21

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「植物園に1日8時間勤務しているから実質住んでいる」と公言して早幾年。
ある日出逢った温室に魅せられて、小学校の下校帰りに通っては何をするわけでもなくぼーっと過ごした少女は、いつの間にか日本で一番小さい植物園居住を経て今は縁あって水戸の植物園に棲んでいる。
どうしてこんなに植物園が好きなんだろう。植物園の魅力とはなんだろうか。

一般社団法人日本植物園協会に加盟している日本の植物園は約120園。
大学、自治体、国が管理する公立の園、薬学系の大学が運営する園、私立園など形態も名称も**植物園、**植物公園、**薬用植物園、**植物楽園など様々だ。
それぞれが設立目的や運営方針などに違いがあるため、広く地域の方々に存在を知られている園もあれば、期間限定でしか入れない憧れの園やそもそも一般には非公開の幻の存在もある。

いつか行きたい、どうにか秘密の花園に入りたいという半ばRPGゲームの攻略に近い執念が芽生えると、部屋の壁に日本地図を貼り付け、訪れた園を記録。スマートフォンのメモ帳に未踏の園をリストアップし、長期休暇の予定は全て植物園巡りに費やすようになる。
これは重度の植物園愛好者の楽しみ方なのでまだまだビギナーの方にはもちろんお勧めしない。

お住いのお近くに植物園がないか「**県または**市 植物園」と検索されてみてはいかがだろうか。47都道府県のほぼ全てに植物園があるので「こんなところに植物園が!」と新鮮な発見もあるかもしれない。植物園によっては「緑の相談所」を設けているところもあり園芸や名前の分からない植物の相談を受け付けているのでお気軽に活用いただきたい。

そもそも植物園をどのように楽しめばよいか分からないという方も居られるだろうが、植物園は無理に「楽しむ」必要はない場所だ。
目的なしにふらりと立ち寄り緑や花を眺めながらしばらく時間を過ごす。
とかく情報や理由に追われがちな現代社会において無為の時間は貴重なものではなかろうか。
頭の中を無にした後、ふと目に留まった植物があれば無理に名前を覚える必要もなく、ただ出会いを楽しんでいただきたい。帰り道の途中で「植物園ってなんとなくよかったな」と思っていただけたら幸いだ。

展示されている全ての植物を一度に全て見る必要もない。
その日のテーマを決めて、きれいだと思う葉っぱを探してみる、白い花だけをじっくり見る、などというのもありだ。
四季を通じて植物園は変化し何度同じ園を訪れてもどこかしら違う。
植物は動かず、目に見えて餌を食べず、近寄ってもこない。こちらの心が動いた時、その存在に気づき眺め何かを感じる。自分の小さな心の揺らぎを再確認する時間が植物園にはある。

好みや興味に合わせて行く園を選ばれても面白い。
色とりどりの花を楽しまれたい方は「~植物公園」と名称についている園に行かれると、花の色や形の組み合わせやガーデンデザインに工夫を凝らした展示を楽しむことができる。私が所属する水戸市植物公園も風景や建築と植物の組み合わせを魅せることに特化した園の一つだ。

食べることがお好きな方は薬用植物園に行かれると良いだろう。
薬の成分や原料となる植物の他に、身近な食材の原料となる植物から毒のある植物まで勢ぞろいだ。なお、製薬会社や薬科大学の植物園は公開期間を限定している園も多いので事前確認をお忘れなく。

日本特有の植物をご覧になりたい方は各地で絶滅危惧植物の保全に関わっている園にぜひお出掛けいただきたい。
地球には様々な気候環境があるが亜熱帯から亜冷帯まで幅広く含まれる日本は多種多様な植物が自生するいわば植物大国だ。日本に自生する約7,000種類の植物のうち4割が日本の国土でしか見ることができない植物:固有種なのだ。しかし気候変動や人間の営みが植物の生きる環境に強い影響を及ぼすことにより、日本の財産である植物の多くが絶滅の危機にさらされている。
こうした植物を地域ごとに守り、未来に伝えるために、原生地から種子を採取し、株を増やして現地に戻す取り組みや、保護している植物の展示を各地の特に国立や県立の植物園が行っている。
地域での植物調査や植え戻し活動にボランティアとして参加できる植物園もあるので興味がある方はぜひご参加いただきたい。

さて、各地の植物園にはちょっと変わっているが、植物愛があふれるスタッフがいる。
このひとたちは手塩にかけて育てた植物を見ていただけることがなによりも嬉しいので、見頃の植物やお勧めのスポットなどの質問に、ちょっと情報量大目でご案内を行いがちだ。植物愛ゆえのことなので、ひとつご容赦いただきたい。
そして、園のイベントや管理に関わるボランティアさんとお話するのも面白い。地元ならではの話題は植物園の外にも広がる。

日本全国、どの植物園がお勧めですか?と問われるたびに返答に悩む。
どの植物園にも個性があり、私には選べないのだ。
休みの日でも、旅先でも、仕事の合間にできた時間にでも、きっかけがあればその時一番近い園を訪れていただきたい。
そして植物園に興味が沸いたら、一つの園に通うもよし、様々な園を訪れるもよしだ。

人生の中に「植物園で過ごす時間」があるならば、それはもう「植物園に住んでいる時間がある」という超拡大解釈を私はする。
同じ住民としてこれからもよろしくどうぞ。

宮内 元子 みやうち ちかこ(文・写真)

水戸市植物公園 勤務
元 渋谷区ふれあい植物センター 園長
植物園の温室に住みたいという欲望を拗らせて現職。
今行きたい植物園はドイツのダーレム植物園。