第三十四話 花の時
2023.07.23
知study
育った街の駅のロータリーには大きな花壇が花時計になっていて、季節ごとに花が植え替えられていた。ぼんやりした子どもだった私は、花時計でもきちんと時間が分かることに気づかず、針の示すところの花を観賞するのが花時計だと思っていて、いい年になってから大体何時何分か分かることにやっと気づいてびっくりした。
未だにその時間になると開花する花が植えられていて、開花によって時間を読むことができる時計があれば素敵だなと思う。
実際にスウェーデンの有名な植物分類学者リンネは、1時間単位で各時刻に開花したり萎んでしまう花を約200種類選び花時計としたらしい。日本の老舗陶磁器メーカーがこの花時計をモチーフにしたテーブルウェアのコレクションを出したことがあり、縁があれば手にしてみたい。
朝には朝の香りがして夜には夜の香りがする。
日光や湿度や自然が発する様々な物質に人の動きや営みとありとあらゆる物が混ざり合って、その時その時の香りが漂うのだろうか。
夏の夕暮れに歩いていると街角で甘い香りが漂っているのに気付く。
オシロイバナが咲いているのだ。別名が夕化粧という通り午後3時を過ぎると開花の気配がして4時前後で香りだす。
同じく開花時間が花の名前になっているのがサンジバナ。名前のとおり午後2時から3時にかけて開花する。別名はハゼランといい、小さなピンク色の花や花後の赤い果実が細い茎の先に散るようにつく様子が線香花火のようで愛らしい植物だ。
昼間に開花する植物が多いのは、花粉を媒介する昆虫が活動するのが主に日中であるからで、夏の夜に咲く花が多いのは、暑い時間を避けて活動する蛾などを頼っているからだ。熱帯地方には甘い香りに誘われて蜜を求めてやってくるコウモリなどの小動物たちもいる。
日本で代表的な花の中で朝に咲くのがアサガオで、夕方に咲くのがユウガオだ。アサガオは光を浴びれば開くと思われがちだが、光を調整する実験を重ねてみると花が咲く前日の光がない暗い時間がポイントで、暗くなってから10時間経過すると花は開くメカニズムなのだそうだ。
光を感じて咲いているのではなくアサガオの中のタイマーが暗くなってから10時間を計って開花に至る。さらに最初の花が咲いてから暗い場所に移動させ光のないままにしておくと、約24時間で次の開花がやってくる。
時計の針も細かい歯車もない繊維と水分の身の中には確実に時を刻む本能が潜んでいることに驚かされる。
めったに花を見ることができない為に開花は天変地異の前触れなどと言われることもあったタケ類。120年ごとに開花するという説もあるが本当のところは分かっていない。
実は渋谷の植物園時代に、大人がすっぽり入って座れば隠れてしまう大きさの植木鉢でクロチクを栽培していたのだが、或る年に開花してからというものの、毎年開花するようになったのだ。
ずっと植えっぱなしにしてしていたので、土の中で繋がった地下茎がどこで更新されていたのかは分からない。開花が珍しいとされるタケの花がこんなにも頻繁に見られるものだろうかとずっと不思議に感じて、いつか鉢をひっくり返して根を洗い株分けして終わってしまった株と新たな株がどれ位の割合なのかを見てやろうと思っていたのだが、残念ながらその機会は訪れなかった。
あのクロチクの鉢の中だけ時の流れが違うはずはないから、タケの開花に100年を要するというのは一つの記録で、他にも諸々の条件やメカニズムがあるのではないか。
しかし、人の平均寿命を超えて生きる生物を観察し続けるには、整ったシステムと忍耐力が必要なので、どこかの植物園か研究施設が壮大な観察日記に着手していただきたい。
1輪の花の命の長さもそれぞれだ。ハイビスカスやトケイソウ、アラビアジャスミンなどは開花して1日で花が萎んだり、落ちてしまう。
他にも、豪華絢爛な花を広げるのに一晩で散ってしまうゲッカビジンやサガリバナの潔さには感服するしかないが、コチョウランが好条件であれば約2か月も開花し続けるのにも驚かされる。
大きな花を夏の間中咲かせているように見えるヒマワリは、実は花の集合体なので開花から受粉へ、そして結実して次世代へ種子を残そうとする巧みな生存戦略は人類の科学の力などまだまだ及ばぬところにある命の叡智だ。