夢の花屋

第一園芸のトップデザイナーが、世界中の絶景や名画、自然現象や物質を花で見立てた、
この世でひとつだけの花をあなたに贈る、夢の花屋の開店です。

第六話 「恩納村の海に見立てる」

2022.07.15

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この世にある美しいものを花に見立てたら──
こんな難問に応えるのは、百戦錬磨のトップデザイナー。
そのままでも美しいものを掛け合わせて魅せる、夢の花屋の第六話は沖縄本島の中部に位置する恩納村(おんなそん)の海に見立てたブーケです。
手掛けるのは第一園芸のトップデザイナーであり、フローリスト日本一にも輝いた新井光史。
ここからは花屋の店先でオーダーした花の出来上がりを待つような気持ちでお楽しみください。

恩納村のビーチを歩く新井

恩納村とは

恩納村は沖縄本島のほぼ中心に位置し、西海岸沿いに面した細長い地形が特徴の村です。
那覇空港からは車で約50分。
海岸線一帯が国定公園に属するこの村にはいくつもの美しいビーチが点在し、海岸線にはリゾートホテルが立ち並ぶ、日本有数のビーチリゾートです。


見立ての舞台裏

青は新井が「時間を忘れて見入ってしまう」というほど好きな色。また、夏を表す色のひとつともいえるのが青です。
この二つの青をテーマにした見立てを、と考えた時、真っ先に思い浮かんだのは沖縄の青い海でした。
ただ「青」と一言では言い切れない、エメラルドグリーン、コバルトブルー、マリンブルー、パステルブルー…たくさんの青が存在する、世界屈指の美しい海。
そこで今回は新井の眼を通して見た「青」を表現するべく、新井が実際に訪れ、感じた恩納村の海に見立てることに。

新井と恩納村の出会いは2019年7月、恩納村に開業したハレクラニ沖縄のロビー装花にはじまります。ロビー装花のデザインを担当するにあたって訪ねた、恩納村一度目の滞在は季節外れで台風並みの悪天候。そして二度目はまるで絵葉書そのままの、透き通った海と爽やかな風が吹きぬける天気だったそうです。

単純な青ではない、新井ならではの仕掛が楽しみです。

この日作るブーケのために、青の花々を含む18種類もの花材が用意されました。
最初に手に取ったのは淡い水色のアジサイ。

みるみるうちに新井の手の中にある束は大きくなっていきます。

右手で持っているのはルリタマアザミ。色こそ違いますが、シルエットはウニそのものです。

あっという間にブーケの形になりましたが、まだまだ花を組み続けます。ふわふわの花が咲いているこの時季ならではのスモークツリーが入って、更に大きく。

蜘蛛のような姿をしていることからスパイダーオーキッド(ブラッシア)と呼ばれるランを加えます。このスパイダーオーキッド、ツノダシという熱帯魚にも見えなくもない、とても個性的な花です。

ひとつ目のブーケの完成です。
さて、今回は花材がふんだんにあるので、サプライズでもうひとつのブーケを作ることに…

ひとつ目のブーケにもジャーマンアイリスを使いましたが、こちらは藤色の花をチョイス。この花が主役になるようです。

デルフィニウム、アジサイ、スモークツリー…花材こそ同じですが、最初に作ったブーケとは異なるスタイルのブーケが出来上がっていきます。


完成、恩納村の海に見立てたブーケ

恩納村の海に見立てたブーケの完成です。
浜辺で潮風を感じながら見る海のようでもあり、海の中に潜っているようでもある、ひと時として同じ表情を見せない海そのもののようなブーケです。

近づいてみると、まるで浅瀬のサンゴ礁のよう。

水のきらめき、珊瑚、南国の魚たち…天国とはこんな場所なのではないかと思うような、海の景色が再現されていました。

「晴天と荒天、両方の恩納村の海を見ましたが、同じ場所とは思えないほど全く違うものでした。晴天の海はもちろん美しいのですが、今回のブーケには荒天の時に見た景色の印象も加えています。瞬間で変化する海の青さ…単純でない『青』を表現したくて、花を束ねました」

花びんの中には美しくスパイラルに組まれたステム(茎)が広がっていました。


もうひとつのブーケ

最初に作ったブーケはらせん状に組んだスパイラルブーケなのに対し、こちらのブーケは茎を平行に束ねて作る、主に茎のラインの美しさを見せるスタイルのパラレルブーケ。
先ほどと重複した花材を使っていますが、全く違う雰囲気に仕上がりました。
ガラスの長方形の花びんにこのブーケを置いてみると、まるで波のような印象に。

今回の花材 :ヘリクリサム、ボリジ、スモークツリー、染めアイビー、ジャーマンアイリス、ルリタマアザミ、染めアスチルベ、アスチルベ、ブルースター、スパイダーオーキッド、アジサイ、ブローディア、デルフィニウム、セアノサス・マリーサイモン、ナルコラン、ユーカリ、初雪草、ロシアンセージ他

ハレクラニ沖縄の自作のアレンジメント前で

この見立てを進めるにあたり、新井は画家クロード・モネについて書かれた本の一説からインスピレーションを得たと言います。
それは、瞬時に変化していく光や空気が風景に命をもたらす、といったモネが描こうとした自然への思いともいえる言葉でした。
荒天と晴天、全く異なる恩納村の海を見た新井もまた、ひと時として同じではないこの海の移ろいをこのブーケに表したのでしょう。
恩納村の海を花で写し取った、新井の光と景色の表現がここにありました。


お知らせ
新井光史、初の企画展『花と。展』が東京・港区にある「文喫 六本木*」にて7月5日より開催されています。
今回、新井はこちらで「花と時間」「花と季節」などのテーマに沿った作品を展示。文喫セレクトの書籍とあわせてお楽しみいただける、新感覚の企画展です。
お近くにお越しの際はぜひお立ち寄りください。

『花と。展』
開催期間:2022年7月5日(火)~8月7日(日)
会場:「文喫 六本木」東京都港区六本木6-1-20 六本木電気ビル1F
営業時間 :9:00~20:00

*「文喫(ぶんきつ)」は人文科学や自然科学からデザイン・アートに至るまで約三万冊の書籍を販売するこだわりの書店です。


「夢の花屋」ではトップデザイナーならではの、鋭い観察眼や丁寧な仕事が形になる様子まで含めて、お伝えしていきたいと思っております。
こんな見立てが見てみたい…というご希望がございましたら、ぜひメッセージフォームからお便りをお寄せください。

第七話予告
次回はシェラー・マースが担当する夢の花屋。8月12日(金)午前7時に開店予定です。

新井光史 Koji Arai

神戸生まれ。花の生産者としてブラジルへ移住。その後、サンパウロの花屋で働いた経験から、花で表現することの喜びに目覚める。
2008年ジャパンカップ・フラワーデザイン競技会にて優勝、内閣総理大臣賞を受賞し日本一に輝く。2020年Flower Art Awardに保屋松千亜紀(第一園芸)とペアで出場しグランプリを獲得、フランス「アート・フローラル国際コンクール」日本代表となる。2022年FLOWERARTIST EXTENSIONで村上功悦(第一園芸)とペアで出場しグランプリ獲得。
コンペティションのみならず、ウェディングやパーティ装飾、オーダーメイドアレンジメントのご依頼や各種イベントに招致される機会も多く、国内外におけるデモンストレーションやワークショップなど、日本を代表するフラワーデザイナーの一人として、幅広く活動している。
著書に『The Eternal Flower』(StichtingKunstboek)、『花の辞典』『花の本』(雷鳥社)『季節の言葉を表現するフラワーデザイン』(誠文堂新光社)などがある。