庭の中の人

ガーデナーや研究者、植物愛あふれる人たちが伝える、庭にまつわるインサイドストーリー。

第三十五話 みんなでやれば怖くない

2023.08.23

study

夏休みの宿題を計画的に終わらせることが全然できない子どもだった。
忘れもしない小学校1年生の夏。どんな課題が出ているかすら把握しないまま毎日のお休みを堪能していた私にしびれを切らした親は「手伝う」という禁じ手を使った。

連れて行ってもらった海岸で、拾った貝殻は気が付くと素麺の木箱に並べられ、母から「せめて自分で書きなさい」と促されて何を書いているのかいまひとつ理解しないまま書いたメモ用紙が綺麗に切りそろえられて貝の下に貼り付けられていた。休み明けに私はそれを宿題として提出した。

その次の年は「身近な素材で紙を作る」だった。牛乳パックを細かく千切ったものや、綿の繊維、段ボールを細かくした物もあったような気がする。
紙漉きだけでなく、どの素材の紙が吸水性が良いかや書き心地が良いかまで試してみて大きな模造紙にまとめを書いた。これまた全て母の案である。

幸か不幸かそのまとめは市のコンクールに出てしまい、私は表彰状をもらってしまった。私は何が起きたかよく分からないまま金のリボンが貼られた自分の模造紙の前で写真を撮ってもらい、母と二人きりでレストランに入りグラタンを食べさせてもらった。それ以来グラタンが好きだ。
それから…それから…思い出せば思い出すほど宿題を手伝ってもらった記憶しか出てこない。気付けば他力本願寺を常に建立している人生を歩んでいる。

筆者自らがモデルになった募集チラシ

この夏、新しい寺がまた建立されてしまった。
前の職場に勤めていた時代に終わらせられなかった宿題がある。
『1個のドラゴンフルーツの果実の中には何粒の種子が入っているか』を数えるというものだ。ずっと喉の奥に刺さった小骨のように気になる存在だった。
植物園として何か私らしい企画でイベントを開催してみないかと上司に促され、これ幸いと提案してみたらすんなり通ってしまった。
「食べてるうちにちょっと気になっちゃった」ではじまった素朴な疑問は市役所の公用車まで借り出し、駅から参加者の送迎まで行うという壮大なプロジェクトになってしまった。

SNSと市内の小学校に配布したチラシで小さく募集した「ゴマ粒大の種子を果肉からほじくり出して紙に並べるだけ」のイベントに77名もの参加者が集まってくださった。
1個の果実の種子を出すのに1時間位と見積もった私の予想は始まって約30分で「次のをください」という小さい人のやる気に飲み込まれた。
配っても配っても人が並ぶ。慌ててドラゴンフルーツを大きく切り出した物を渡してみても待機列は短くならない。
1時間半経過したところで皆さんに休憩を促し、麦茶などおすすめしてしてみるが、果実を分けろと仰る。
熱気なのか狂気なのか分からぬパワーに会場中が包まれたまま5個目の果実を切り分けたところでお昼が来た。
午後からは「まとめ」に専念し、各自が並べた種子のシートを整理して集計、総数と5個分の平均値、また一人頭何粒の種子を並べたかを明らかにした。

結果
1個目:3468粒
2個目:4899粒
3個目:3397粒
4個目:5143粒
5個目:2286粒
合計:19193粒
平均:3838.6粒
1人:約255.9粒

写真:参加者提供

77名でドラゴンフルーツ5個分の果実に含まれる種子の数を数えた結果、ドラゴンフルーツ1個には約3,800粒の種子が入っていることが分かった。
今回、市場から仕入れた果実はMサイズのものだが、他植物園スタッフに教えてもらった情報によると、種子が多い果実ほどサイズが大きくなる傾向があるらしい。
これはイチゴでも同じで、イチゴ1個の重さが40gだと種子は300粒。15gだと170粒という記録もある。
しかしモモやウメ、サクランボはどんなに果実が大きくなっても種子は1個だ。
植物にとって種子は次の世代に子孫を繋ぐ手段だ。
種子数が少ない植物は、種子1個が大きく中に含まれる発芽から生長までに使われる養分が多く含まれている傾向があり、確実に生長しようとする戦略だ。小粒でも種子が多い植物は、1粒の中の養分は少なくても一気に多く発芽して数で勝負しようという作戦のようだ。

完熟する前に落ちたドラゴンフルーツの果実

ドラゴンフルーツの場合も、以前100粒の種子を10鉢に分けてまいてみたところ、どの鉢からも8~9割の確率で発芽してその生命力に驚かされたことがある。
しかし、原産地がメキシコ~中南米であるため寒さには非常に弱く、日当たりを好む。日本では発芽してもその後の温度管理や日照不足が悩みの種となる。大きく生長した株を栽培するならば良いが、もともとサボテンの中でも自立しないヒモサボテンの一種なので植替えや枝の管理に苦労する。

ドラゴンフルーツの花

気になるけれど一人でやるのは到底無理だから誰かに手伝ってもらおうという私の安易な考えから始まった夏休みの宿題だが、昨今「シチズンサイエンス(市民科学)」という概念が世間では浸透しつつある。
職業科学者や研究機関などと共に、一般市民がデータの収集や解釈・解析などに参加し科学研究に関与することだ。

つい最近「ハチジョウネジバナ」というラン科植物の新種が発見・発表された。
新種発表の証拠となる標本の中には個人宅の庭やベランダで自然に生えてきた個体も含まれている。この個体は研究者の元に「勝手に生えてきたなんだか普通のネジバナと違うちょっと変なネジバナ」として提供されたものが解析されて新種と判明した。
これが身近なところに居るかもしれない新種として注目を浴びて、さらに「我が家にも生えていた」と発見が報告されている。

チョウの生息域や猛禽類の渡りのカウント、多様な天体や天象の観測も一般市民がデータの収集に参加している。科学の進歩は特定の科学者の成果ではなく、興味をもてば誰でも楽しみながら参加できる活動の一つともいえるだろう。

写真:参加者提供

ドラゴンフルーツの種子数えが無事終了し、駅まで参加者を送っていく途中に「次は何をやりますか?」と恐ろしい質問がよせられた。
正直、約2万粒も数えられただけで大満足、ドラゴンフルーツ以上の強敵など考えてもいなかったため返答に困り「さあどうしましょうね」とお茶を濁してしまったが、皆で集まってワイワイと一つの目標を達成する快感は忘れられそうにない。
さて次はご一緒に何を調べたいですか。

宮内 元子 みやうち ちかこ(文・写真)

水戸市植物公園 勤務
元 渋谷区ふれあい植物センター 園長
植物園の温室に住みたいという欲望を拗らせて現職。
今行きたい植物園はドイツのダーレム植物園。