庭の中の人

ガーデナーや研究者、植物愛あふれる人たちが伝える、庭にまつわるインサイドストーリー。

第三十六話 まるまるとげとげぷにぷに

2023.09.23

study

植物の中で何が一番好きですか?という質問は一番がなくて全部好きとしか答えようがないのだが、自分で育てている植物はなんですかと問われれば答えやすい。多肉植物だ。
植物園業界に入って1年目、大都会東京で電車内の大混雑に揉まれ、苦手な事務仕事に頭を抱えていたある日、街角で宝石のような植物の鉢に出逢った。
図鑑で読んだことはあったが実物には初めてお目にかかったのは「ハオルチア・オブツーサ」窓植物とも呼ばれ丸々とした葉の上部が半透明になっていて光に透ける。
昔からキラキラする光るものが好きでカラスの子と称されてきた身としては辛抱たまらん植物であった。鼻息荒くお財布を開いたその日からハオルチアは同居人となった。それから20年、自宅で栽培するのは多肉植物のみと決めている。

何故、多肉植物なのか?私がマメな性格ではないからだ。そもそも「生活する事に興味がない」と豪語するような私には、朝な夕なに植物の水やりをしたりこまめに害虫の駆除をしたり、日当たりを気にしたりしながら生きることができない。
仕事はどうするんだ?!と聞かれるかもしれないが、それはそれ、これはこれ、仕事は仕事なのだ。そんな雑な生活の私にとって、多肉植物の特徴である「水やりが他の植物よりも少なめでいい」「基本的に屋外で栽培」「鉢のサイズが小さめ」なので相性がいいのである。

もう少し、多肉植物の特徴について紹介しよう。
まず多肉植物=サボテンではない。多肉植物は植物を構成する葉や茎の中に水分を溜め込む生き方をする植物の総称で、サボテンはサボテン科の植物で多肉植物の一種である。
サボテンの大きな特徴はトゲがあることだがバラにトゲがあってもサボテンではないように、他の多肉植物にもトゲを有する植物がある。
サボテン科の植物は刺座(しざ)という主に綿毛の部分のみからトゲが出るが、他の多肉植物のトゲはランダムに出る。
店頭や植物園でこれはどっちかな?と考えながら様々な多肉植物を観察するのは楽しいものだ。

マメではないものの、多肉植物に水やりするのは楽しい。水分が抜けてシワッと凹んだ株にたっぷり水を与えて数時間後にもう一度見てみると、体内にたっぷり水を吸い込んでパツパツぷっくりになっている。
シワシワになるまで追い込んだ自分は棚に上げ、よしよし、しっかりお飲み、などと呟きつつ植物との交流を図る。
あまりにも放置し過ぎて枯れてしまったかもしれない鉢に一縷の望みをかけて水やりしてみることもある。私が悪かった、もう放ったらかしになんかしないからどうか戻ってきてくれなんて、とんだ家庭内暴力発言だが奇跡の復活を遂げてくれることもある。数週間後に新しい芽が吹いてくれているのを発見したりすると、健気な姿に胸が熱くなるのだ。

種子をまいたり、挿し芽を乾かないように管理する事なく一枚だけの葉や一欠片の茎を用土に伏せておくだけで容易に株が殖やせるのも面白い。
多肉植物の多くが原産地の過酷な気候の中で生きているために、なんらかの接触で葉や茎が土に落ちただけで繁殖しやすい性質をもっている。
肉厚な葉や茎を土の上に転がしておくだけで数週間すると細い根が土に向かって伸び出し、小さな小さな新芽が出てくる。
その生命力の強さが面白くて捨てるのが惜しくなり、植木鉢の土の隙間に落ちた葉を拾っては挿しているうちに、どんどん株の数を殖やしてしまう。

知り合いや植物好きに出会い話が盛り上がると「多肉植物やらない?**持ってる?楽しいよ」と唆しては増えた株を押し付けあうようになり、物々交換が始まる。このやりとりがまた楽しいのだ。蒐集癖がくすぐられてどんどん様々な種類が集めたくなり、ずらりと並べて悦に浸るようになる。
ここで気を付けたいのがコレクションを増やす時には他者と比べないことだ。世界の多肉植物の中には急激な気候変動や乱獲により絶滅が危惧される種も少なくなく、現地では厳重に保護されて国外に禁止されているものもある。
より珍しい種類、人が持っていない種類を追い求めると法外な値段で販売されている品物に飛びついたり、違法な手段で採取された株に関与する可能性もある。自分のお財布に見合った買い物を楽しみ、できれば日本国内で栽培された正規ルートの植物を選ぶようにお心がけいただきたい。

多肉植物という一つの生き方は全世界的に分布することから、特定の地域や気候の中で発達したものではなく、一つの種類の植物から突然変異的に生まれたり、地域の特徴に沿って進化した生き方ではなく、乾燥地帯や厳しい気候に合わせて適応してきた結果の生き方の一つであることがわかる。
それぞれの珍奇な姿形や艶やかな花を目の当たりにすると、多様な生き方や容姿は自由であればいいのだと勇気づけられる気がしてくる。

どんな植物でも同じだが「育ててやっている」訳ではなく「共に暮らしている」存在だ。雑に生きている私などむしろ「育ててもらっている」立場かもしれないとすら思う。植物と共に生きることで知らなかった自分の一面に気づくこともあるかもしれない。何事も出会いと相性だ。素敵な同居人にめぐり逢えますように。

宮内 元子 みやうち ちかこ(文・写真)

水戸市植物公園 勤務
元 渋谷区ふれあい植物センター 園長
植物園の温室に住みたいという欲望を拗らせて現職。
今行きたい植物園はドイツのダーレム植物園。