庭の中の人

ガーデナーや研究者、植物愛あふれる人たちが伝える、庭にまつわるインサイドストーリー。

第四十一話 めしませ花を

2024.02.19

study

花を眺めているとき、ふと、自分が小さくなり、開いた花の中に潜り込んで包まれてしまうような感覚を覚えることがある。
アンデルセンの童話「親指姫」が花の蕾の中から開花と同時に生まれたように、丸いコップのようなチューリップの中に座り込んで風に揺られたり、シャクヤクの花弁を何枚も重ねて身にまとえたりできればどんなに気持ちよかろうか。

切り花のキクを購入したとき、急に花の調子が悪くなることがあった。花瓶の周りに黒い粒々がたくさん落ちていたので、花弁の間を探してみると芋虫がいた。
花は長く楽しみたいので、この場合は不法侵入扱いになるのだが、蕾に産みつけられ、この世に出たときから一心不乱に、ごく身近で新鮮な植物を食べながら過ごせるとはなかなか羨ましい食生活だ。

憧れの食べ物といえば、幼い頃読んだお話の中に登場した菫の花の砂糖漬けだ。どんな味がするのか気になって気になって、大人になったらお腹いっぱい食べてやろうと夢想した。
アラビアンナイトの中に繰り返し登場してはシャーベットに振りかけたり、足を洗ったりするのに使われるローズウォーターも妄想食卓には欠かせない夢の食材だった。

花を食べるというとなにやら剣呑な感じもするが、花は普段の食卓にも上る。
春の訪れを告げる山菜の代表、フキノトウはフキの蕾であることはご存知の方も多いだろう。
ブロッコリーやカリフラワーはキャベツの変種で、蕾と茎の部分が食用となる。どちらも調理せずに放置しておくと蕾がどんどん膨らんで、最終的には黄色い花が咲く。
アーティチョークはキク科の大型アザミで、開花直前の蕾が食用部分。西洋料理の食材として流通しているのが一般的だがアジアではお茶にして飲むこともある。
バナナというと日本では果物のイメージが強いが、東南アジアでは砲弾形の大きい蕾が野菜として市場に並んでいるし、缶詰にもなっている。この缶詰を「夢の島熱帯植物館」のお土産コーナーで見つけて購入したものの、どんな料理にすればいいのか迷ったあげくにカレーの具材にした。苦みの強いタケノコのような味だった。

ヘメロカリスという花も食用花になる。イギリスではデイリリーと呼ばれる通り、1日で花が終わってしまうが、白、黄、オレンジ、紫とバリエーションのある色とユリに似た大きな花が愛されているようだ。
イギリスのヘメロカリス農家を訪ねたとき、農家のお母さんは八重咲きの品種や細い花弁の蜘蛛のような形の品種を次々見せながら「ヘメロカリスの花は色によって味が違うのよ!食べ比べてごらんなさい!ほらほら」とすすめてくれた。言われるままに食べてみたところ、厚めの花弁はシャキシャキした歯ざわりでほのかに甘みがあり、なかなか食べ応えがある。中華料理では蕾の時に収穫して乾燥させたものを金針菜という名で食材にするらしい。美しく管理された庭園のあちこちに大人たちが花を丸ごとむしゃむしゃ食べているのは英国喜劇の一場面のようだったが、結局色による味の違いは分からずじまいだ。

日本の食文化の中でも食べられる花は欠かせない。
お祝いの席で出される桜湯はサクラの花を塩漬けにしたもの。和菓子の上にちょこんとのっているのを食べるのも嬉しい。
同じく慶事で忘れてはならないのがシュンランの塩漬けをもちいた蘭茶。雅な香りでサラダや酢の物にしても楽しい。梅酢で染めたシュンランの漬物をいただいたことがあるが、青臭さなどなくて食べやすい漬物だった。
お刺身の横に添えられているシソの穂や、食用として栽培されているのはどうやら日本だけらしいミョウガ。キクの花は茹でたり蒸したあと海苔状に乾燥加工した保存食もあり、郷土料理としても有名。

昨今ではエディブルフラワーと呼ばれるようになった食用花。鳥取県米子市にある植物園「とっとり花回廊」のレストランで「花ちらし寿司」というメニューを見つけ、迷わず注文した。錦糸卵や魚介の具がたっぷり入ったちらし寿司の上に色とりどりの食用花がちりばめられた、美しくおいしい一皿だった。
主に彩りとして使用される食用花は、花の香りや(花の)蜜の甘さがあるもののと、無味無臭のものに分かれる。国内市場では愛知県の豊橋市が日本一の生産量を誇り、一年を通じてキンギョソウやカーネーション、コスモスやトレニアなど約20品種の花たちが入れ替わりながら出荷されている。

さて、前出のキクの花を食べていた小さな緑色の芋虫の正体はオオタバコガという蛾であった。成虫の色は食した花の色とは無縁のパッとしない薄茶色で、なんだかとても残念な気持ちになった。
芋虫のごとく、色とりどりの美味しい食べ物を食べてきた私はどんな成長を遂げるのか楽しみだったけれど、やはり彩りに欠けたままだ。
つやつやの花びらを重ねたお布団で眠り、朝日で花が開いたら起きて、甘い花の蜜を吸って、綺麗な花をもぐもぐ食べて、毎日テントウ虫やカタツムリと仲良く遊ぶ、そんな親指姫に嗚呼なりたかった。


宮内 元子 みやうち ちかこ(文・写真*)

水戸市植物公園 勤務
元 渋谷区ふれあい植物センター 園長
植物園の温室に住みたいという欲望を拗らせて現職。
今行きたい植物園はドイツのダーレム植物園。
*3、6枚目以外