庭の中の人

ガーデナーや研究者、植物愛あふれる人たちが伝える、庭にまつわるインサイドストーリー。

第四十三話 根も歯もあるはなし

2024.04.19

study

歯医者さんに行くのが怖い。音が嫌いとか痛いかもしれないとかそういう理由ではない。取り返しの何事かがこの口の中で起こっているかもしれないのに、自覚がなく、どうにもならないというのが怖いのだ。
それならばこまめに通院して、早め早めに改善すればいいのは痛いほどわかっている。でも怖いのだ。そもそもこの柔らかい肉の塊からにょっきりと硬い物質が生えているというのが不思議で、それがどんどん伸びたり欠けたり傷んだりするというのがおかしな話じゃないか。などと、悶々と思いながら歯医者に行く事を先延ばしにしていた。
しかし、先日、なにやら違和感があり、突き回してみたら、ころりと奥歯の間から石でも骨でもない白くて硬い物が出てきた。まさか…これは…歯か?
私の口内は大変まずいことが起こっているのではなかろうか?これは嫌だとか怖いとか言っている場合ではない。だって大人の歯が復活することはないのだから。

その点復活の可能性がある植物の葉や根がとてもうらやましい。葉が出る可能性があるのは茎の先端部分「茎頂(けいちょう)」や、葉と葉のついている茎のつけ根部分「葉腋(ようえき)」だ。
育ちすぎて草丈や樹高を低く仕立て直したい時には、何もない茎の真ん中で切るのではなく、枝や芽の上で切れば次の葉が出てきやすくなる。
ベンケイソウ科の中には葉の淵にびっしりと小さい芽が出てくるセイロンベンケイという、人によってはぞわぞわするような植物がある。また、サツマイモのように転がしておくとにょきにょきと芽が出てくる強靭な生命力を持つ植物もある。
どちらか私の口の中にもその力を少し分けてくれまいかとも思うが、やはり自由気ままに頬っぺたや手のひらから出てこられても困るし、何より怖い。

そもそも葉は枝や茎にてんで気ままについている訳ではなく、並び方には規則性がある。
例えば、カーネーションやハコベ、シソやカエデの葉の付き方のように、茎を間に挟んで向かい合って葉が付いているのが対生(たいせい)だ。基本的な対生の場合、一対の葉の次の節に90度ずれて葉が付き、上から見ると十字状になる。

茎を軸にして同じ高さに数枚の葉がぐるりと付くのが輪生(りんせい)でキョウチクトウやマンネングサ、ツリガネニンジンなどがあり、中でもクルマユリは葉の付き方が名前そのものになっている

ヒマワリ、バラ、ケヤキ、イタドリ、ハリエンジュなどは互生(ごせい)という、茎の節に1枚の葉が互い違いに付くタイプで、葉の付き方の中で最も多い配列だ。多くの場合、葉は茎の周りにらせん状に付く。
葉の役割の一つは太陽光を浴びて光合成を行って栄養分を作り出すことなので、一株の植物の中で葉が重なり合って影を作るのは効率が悪い。まんべんなく日の光に当たるための工夫がなされているのだ。

種子の発芽は一本の根から始まる。根は種子がどんな姿勢になっていても必ず地面の方に向かって伸びていく。
根の先端には根冠(こんかん)という帽子のような保護組織があり、さかんに細胞分裂している成長点を覆っている。
成長点より少し手前の表皮細胞には根毛が生えていて、1㎠の表面に数百本の根毛があり、植物が必要とする水分の大部分がここから吸収される。さらに酸を分泌して栄養分をイオンの形にして吸収しやすくしているのだ。
しかし、成長点が伸びるにつれて次々に新しい根毛が出てくるので、1本の根毛(こんもう)の寿命は極めて短い。

地面の下に伸びるのは全て根だと思われがちだが、地下で茎が太っている場合もある。ジャガイモやショウガ、レンコンは地下の茎部分、タマネギも茎から伸びた葉がたくさん重なり付け根が太った部分が食用だ。サツマイモは根が肥大した部分を食用にしているが、畑で植え付けて育てる時には芽を伸ばしたものを苗として使う。
苗からのびる根には二種類あり、苗の切り口付近から出る吸収根は成長のために水分や養分を吸い上げる役割の細い根で、葉の付いていた節の部分から出る根が太って食用になる。
台所に転がしておいたサツマイモから芽が出てしまったら、葉が7、8枚になったところで先を摘んで脇芽をさらに伸ばし、その芽から伸びた茎の長さが30㎝ほど、葉が8から10枚ほど出るまで育てれば苗が作れる。6月下旬までに植え付ければ芋堀り体験が楽しめるかもしれない。
苗を地面に対して垂直に植えると少ない収量だが大きめの芋が付き、水平に植えると収量が増える。ただし親株の病気が子株に受け継がれてしまう確率も高いので大規模な栽培には向いておらず、農家さんたちは病気にかかっていないバイオ苗を使ったり、土や種芋をしっかり消毒したりしているので、あくまでも家庭内で楽しむ範囲にとどめておかれた方がよいだろう。

さて、先にお伝えした歯の具合といえば、拍子抜けする結果だった。以前の治療で使った詰め物用の接着剤が取れたのではないかというのが医師の見立てで、特段なにも無かったのだ。植物の細胞を培養して同じ形質を持つ個体を作り出すことはランや球根植物ですでに簡単に行われている。人間の歯もどこか少し削ったり、抜けた歯をどうにか培養したりして新しい歯を作り出すことなんてできないものか。などと素人考えで調べてみたら、なんと歯の細胞を骨や脂肪、神経などの様々な細胞に分化させ再生医療に役立てる研究が進んでいるらしい。いつの日か歯の抜けたところに細胞を埋め込んで新しい歯を生やせるようになったらいいのにな。ということで、皆様方におかれましても、歯も葉も根もどうぞお大事に。

 


宮内 元子 みやうち ちかこ(文・写真 1枚目除く)

水戸市植物公園 勤務
元 渋谷区ふれあい植物センター 園長
植物園の温室に住みたいという欲望を拗らせて現職。
今行きたい植物園はドイツのダーレム植物園。