第四十八話 それぞれの事情
2024.09.22
知study
旧友と久しぶりに会う機会があり、お互いにひっそりと作っていたジグソーパズルのはめきれなかったピースを埋めて完成させるような時間を過ごした。
分かり合えていると思っていても理解に齟齬は生まれるし、顔をつき合わせて話さなければ伝えきれない事もあるものだ。
最近、街中で植物観察を行うイベントに参加してきた。東京のど真ん中の街角でアスファルトと歩道の段差やら、公共の植栽枡やら、マンションの植栽にひっそりと生えている植物を探して、植物の名前や生態を知ろうという趣旨。
雰囲気も年齢もバラバラな人々がおしゃれな飲食店の店先で一斉にしゃがみ込み、何かを熱心に見ているというのはなかなか不思議な光景だっただろう。
通行人が一体何をしているのかと覗き込んでこられたり、お店から人が出てきて一緒になって植物を観察してくれたりして盛り上がった。
参加者は植物好きの方が多いのかと思いきや、ジョギングが趣味で走るルートの植物が気になって参加したという方や、植物観察をする人たちはどんな人たちなのか、という人間観察の方など参加理由はそれぞれで、植物を知りたい事情もさまざまだ。
見られる側の植物にも生えている場所や生長には事情があって、それを考えたりはっと気づいたりするのが面白い。ビルとビルの間の猫しか通らないような隙間にシダや苔が繁茂していたのは、それぞれのビルの雨どいの先がちょうど隙間に面していて雨が降れば集中的に水を得ることができる一等地だったからだ。多少日当たりが悪くても気にしない、水が得られるなら最高だぜ!という住民(植物)たちの声が聞こえてくる気がする。
歩道のタイルの隙間に生えているイヌガラシは、踏まれやすい所ではぺったりタイルに這うようにしか伸びていないのに、数センチ先の場所では段差があり壁に近いだけの理由で茎がしっかり立ち上がって蕾がついている。
それにしたっていつ何時、清掃管理の手が入って抜かれてしまうか分からない。だから本来は春に芽吹き初夏までに花咲く植物でも、種子が芽吹くチャンスがあれば、夏の暑い盛りに発芽して急ピッチで生長し、季節外れでも開花して、また種子を拡散させようとする。なにがなんでも繁殖しようとする凄まじいパワーだ。
大きなビルの植え込みでは、造園当初に〈植えられたわけではなさそうな〉エノキが本来の生け垣の樹木と一緒に刈り込まれていた。艶々と綺麗な葉っぱだったらなんでもいいんでしょう?としれっとした顔で生け垣のふりをしているのが面白い。
数ブロック先の植え込みの中にビルの2階位まで生長したエノキがあり、先ほどの生け垣の中の樹木の親ではないかと推測する。おそらく鳥が果実を食べて種子が運ばれ、めでたく領土拡大に成功したのだろう。そもそも親木のほうだって意図して植えられたものかどうか怪しい。うちは狭くて大家族で住むような土地なんてないけど、見た目は美味しそうに実らせてやるし、種子だって芽が出やすいようになってんだから、違う土地でさっさと独り立ちして強く生きな!と肝っ玉母さんが言っているような気すらする。
観察会の後も植物の事情を気にかけながら歩いてみると、どの場所でも植物たちはどうにかこうにか種子が落ちた場所に適応して生き抜いていることが分かった。
河原では散歩で通る動物の毛や人の靴底に種子を絡ませたり、くっつけたりして引越しする植物が多く繁茂している。
定期的に草刈りが行われても、根や球根さえ残っていればまた芽を出しやすい植物も多い。森の中というのは案外植物の種類が少ないこともままある。大きく育った樹木に阻まれた太陽の光が届かぬ林床で無理に生きる必要はないということだ。
一本の木が枯れたり切られたりして光が差し込むと、待っていましたとばかりに種子が一気に発芽することもある。また、下で待っていても埒が明かないので、とっとと上を目指して樹木を飲み込むように生長するフジなどの蔓性植物もいる。
家の庭に思わぬ植物が生えてきたら「あなた一体どうしてここに来たの」とちょっと想像を膨らませてみてはいかがだろうか。家の周りに生えている植物や自分の通勤経路などの植物を見ていると、あ!ここに同じのがいたのか!と発見があるかもしれない。知って納得の植物事情である。
旧友には目をみて話したかった事と、どんなに離れていようとも相手を信じているからこその関係を伝えた。話を聞けば合点がいくこともあれば、それでも納得できないこともある。
そもそも自分が一方的に言いたい事だけ喋っただけでは人間の本心なんて伝わらないものだ。生きていればいるほど、事情は複雑になり独り歩きしてしまう。
路上の草たちのように逞しく生き抜くには人の一生は長すぎる。そして、長い人生では萎れたり枯れたりすることもあるだろう。
「事情」はあだ花だったり、ぺんぺん草だったり、根無し草だったりするけど、人生の隣の花壇はいつだって素敵に見えるのだ。
旧友よ、どんな植物でも持ち寄って花瓶にいけたらそれなりに格好もつく。だからまた、人生の事情を持ち寄ろう。
宮内 元子 みやうち ちかこ(文・写真 )
水戸市植物公園 勤務
元 渋谷区ふれあい植物センター 園長
植物園の温室に住みたいという欲望を拗らせて現職。
今行きたい植物園はドイツのダーレム植物園。
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