第五十二話 眼下に広がりますのは
2025.01.20
知study
飛行機に乗る時には窓側に座りたい。
昼間のフライトで空から地上を眺めていると海の潮目らしきものの色がくっきり違ってみえたり、雲は地上から見上げる時に思うよりも低いところで浮かんでいるものなのだと気付いたりする。夜間飛行になれば人が住まう所と山々は明暗で区切られていて、普段は感じない森の存在を身近に感じる。
そして、街から街の上を飛んでいきながら、それぞれの場所に誰かのそれぞれの生活があるのだと実感する。視点を変えて、普段とは違うところから物事を見てみるのはなかなか大事なことなのかもしれない。
鳥取砂丘上空を飛んだ時、砂丘と森林の境目がはっきり分かるのを見た時は興奮した。
森の一部をえぐり取って砂を詰めたような光景は一朝一夕で出来たものではないことが分かる。上から見た時の雄大さと現地を歩いてみた時はどう違うのか。生きるのには適していない環境に見えるが、それでもそこに根を下ろす肝の据わった植物はどんなだろうか。
実際に砂丘へ行ってみると、想像していたよりも多く植物が生えていることが分かった。森と砂丘の境目の部分には植物が地を這うように広がっている。強い風をやり過ごすためにどの植物も草丈が低く、葉が小さかったり、皮のような質感だったり、細かい毛が生えていたりするのは厳しい日差しで痛まないための植物の生存戦略だ。
馬の背と呼ばれる大きな砂の山の麓にも植物が生えている部分があった。砂と青空しかない世界の中で、そこだけがうっすらと緑色に見えて生物の気配を感じる。一時的であっても水が溜まる場所では、短いサイクルで植物が芽生えたり生長したりするらしく、ちょっとやそっとの事では撤退せずに、生きられるところでタイミングを見計らって、どうにかやっていこうという植物の強さを目の当たりにした。
そもそも砂丘というのは砂が動くことによって景観が維持されるもので、植物が茂ると砂の動きが阻害されて砂丘自体の存続を危うくさせる可能性もある。植物を愛でる側からするとオアシスの存在は感動的だが、家主と店子の関係は大変微妙なバランスがあり、植物がどんどん生い茂るのを「生きている砂丘」側からすると無邪気には喜べないようだ。
生えてくる植物の種類によっても問題は発生する。小さな白い星形の花を咲かせる紫色の茎に細い葉を並べた植物の健気さに心惹かれ、帰宅してから植物名を調べてみたら、外来生物法で要注意外来生物に指定されている『オオフタバムグラ』だと判明した。
繁殖力が旺盛で鳥取砂丘を草原化させてしまうため、定期的に抜き取り作業が行われる程、砂丘に生きる植物の中でも特に招かざる客らしい。上空から眺めた時には砂の海に悠久の時が流れるばかりかと思われたが、さまざまな事情が重なる過酷な生存競争があるのだ。次に鳥取上空を飛ぶときにはまた違った印象で砂丘を見ることになるかもしれない。
冬の畑や野原を歩くと植物が地面に張り付くように葉を広げて生きている姿に出会う。茎が極端に短い葉が、植物の株の1箇所から放射状に広がっている姿のことをバラの花が開いた様子に例えてロゼットといい、生長様式の一つだ。
オオバコやナズナ、セイタカアワダチソウなどさまざまな植物がロゼット状になるが、その中でもタンポポのロゼットは、青々した鋸歯(きょし)の葉が地面にぺたりと広がった見事な大きな星のようで、踏みつけることを躊躇してしまう。
ロゼット状の植物を真上から観察してみると、葉の上にさらに葉が重なることなく、まんべんなく広がっていることがわかる。これは冬の光を全身で受け止めるので、光合成を行うのに効率がいい。多くの植物が冬には地上部を枯らして春を待つ中で、冬からロゼットの葉っぱを広げてしまうのは、花見の陣取り合戦で前日の夜から一等地にピクニックシートを敷く必勝術と同じだ。さらに茎を長く伸ばさない分、エネルギーは蓄えられ、株を充実させたり、良い花を咲かせたりするのに回すことができる。
水戸の植物園のバックヤードの一角に、私が勝手に名付けた「タンポポ農場」がある。ハウスとハウスの間部分なのだが、冬は隙間風が吹き抜けるだけの空き地が春になると黄色の花畑になる。ロゼットでこつこつと領土拡大していった結果だ。
花が一面に咲き乱れ、丸い綿毛が揺れる様子は「陣地とったり!」と勝利の雄叫びをあげているようだ。これだけ黄色ければ飛んでいる虫たちもよく気付くだろう。身体を小さくして虫の背中に乗り、タンポポ農場上空を遊覧飛行できたらさぞかし絶景だろうなと思いながら毎年楽しみにしている。
南アフリカの北ケープ州ナマクワランドという地域には、春に雨が降ると突如として花畑になる荒野があるらしい。どの場所にいつ出現するかは天候や雨量などの条件次第の花畑なので、何処そこに行けば確実に見られるという保証もない。一年の内の数日だけの奇跡の花畑。有り余るほどの富があったなら、小型飛行機で花畑を探し飛び舞い降りてみたい。
今年は宝くじの購入に挑戦するべきだろうか。
宮内 元子 みやうち ちかこ(文・写真 6枚目除く)
水戸市植物公園 勤務
元 渋谷区ふれあい植物センター 園長
植物園の温室に住みたいという欲望を拗らせて現職。
今行きたい植物園はドイツのダーレム植物園。
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