庭の中の人

ガーデナーや研究者、植物愛あふれる人たちが伝える、庭にまつわるインサイドストーリー。

第九話「こも巻き」

2021.02.18

study

突然ですが問題です。
これは「こも巻き」と呼ばれる、冬の日本庭園でよく見られる松の姿です。
この松の「こも巻き」は何のためにするものでしょうか。

① 冬の風物詩としての飾り
② 虫よけのため
③ 寒さから守るためのもの

縄の締め付け具合を確認

正解は、「②虫よけのため」でした。
マツカレハという害虫を捕まえるためのものなんです。

冬の始まり、寒くなるころに、この「こも巻き」の作業を行います。
「こも」とは、漢字で書くと「菰」わらを編んだ敷物みたいなシート状のもの。
テレビの時代劇で布団の代わりに使っていたり、外で人がこもを敷いて座っているシーンがあったり、たまに見かけることがあります。
昔は農家の人が稲わらでこもを作って収入源にしていたらしいのですが、いまは作っているところも少なくなっているそうです。

さて、このこもを縄で縛って松に固定しておきます。上は緩く、下はきつく縛っておくことがポイント。上から降りてくる虫が入りやすく逃げにくくなります。寒くなって、枯れ葉などの中でぬくぬく越冬しようと降りてくるマツカレハが、この中におびき寄せられるわけです。
マツカレハは大量発生すると葉が食い尽くされ、松の木が枯死してしまうこともある厄介者。松を守るためにも、捕まえておきたい害虫なのです。先人たちから受け継いだゴキブリホイホイならぬ、「マツカレハホイホイ」というところでしょうか。殺虫剤などを使わないので環境にも優しい防除法なんですね。

仕掛けた罠の中で「あったかいな~」と虫たちがうつつを抜かしているうちに、「こも外し」を行います。虫が隠れていたこももろともに、焼き払ってしまうというのが伝統的な方法。
でもいまは野焼きは禁止されているので、焼き払わずに可燃物ごみに出すという形で処分します。

あるとき、大量にマツカレハの捕獲ができた年があり、誰かが「焼いて食べるとウマいらしい」というので、こもを処分する前に、毛虫だけを割りばしで摘まんでペットボトルいっぱいに集めてもらったことがありました。
毛虫が苦手な若手庭師の男の子が頑張って集めてくれたのですが、よくよくネットで食べ方を検索したら「食べ方を間違えると死ぬ」みたいな記事を発見し、残念ながら諦めたのでした。(わざわざ集めてくれた方々、ごめんなさい。)

さて、「こも外し」の際、意外とマツカレハの幼虫が捕獲できなかった…なんていうこともよくあり、ゴキブリやクモなどしかいない年のほうが多いと聞きます。
何年かに一度の当たり年もありますが、最近ではこの「こも巻き」について、実は効果がないとか、逆効果という研究もあり、「こも巻き」をしないところも増えてきました。

葛飾柴又帝釈天の名木「瑞龍松」のこも巻き

でも個人的には、冬支度を整えた凛々しい松たちの姿が好きだったりします。
庭園内もいつもとは違う雰囲気になり、年の瀬が近づいているのだなあと身が引き締まります。季節の移ろいを感じさせる、まさに冬の風物詩。だから、今回の問題の答えは、①も半分正解です!

また、「こも巻き」と「こも外し」を行う時期も決まっていて、冬の始まりである「立冬(りっとう)」のころに「こも巻き」をします。そして春先の暖かくなったころ、虫が動き出す「啓蟄(けいちつ)」にこもを外します。
この立冬も、啓蟄も、一年を24等分した季節の節目を表す言葉、「二十四節気」のうちのひとつ。
平安時代から使われており、農事の目安になっています。二十四節気を用いて作業をするというのは、農業も庭仕事も同じ植物を扱っているのだと実感します。

冬の風物詩「こも巻き」。
たとえ虫が捕まらなくても、暖冬でも、変わらずに受け継いでいってほしい文化だと思います。
もうすぐ啓蟄。もし周りでこもを外しをしている庭師がいたら、ぜひマツカレハが捕獲できたかどうか聞いてみてください。

はつやま さちこ

高校卒業後、英国へ留学。ロンドン郊外にあるOaklands CollegeのFloristry学科に在籍し、イギリスの国家資格を取得。2008年第一園芸株式会社に入社。ネット事業部を経て緑化事業部へ。各国大使館などを担当していたガーデナー。
現在は子育てのため一旦、退職して家庭生活を満喫中。
好きなことは食べ歩き、無計画旅行。昆虫食推進派。