庭の中の人

ガーデナーや研究者、植物愛あふれる人たちが伝える、庭にまつわるインサイドストーリー。

第二十四話 花束を貴方と私に

2022.06.21

study

差し出された花束に呆然とする。
プロテアが吠えグロリオサが燃えている。その隙間にニゲラが身を潜め、ルリタマアザミは棘だらけだ。
あまりにも攻撃的でアンバランスな組み合わせにドギマギしながら、どうにか感謝の言葉を伝え花束を抱いて17年勤めた会社と、人生を捧げた職場と大都会に別れを告げ、新しく生き直すことにした。

花を贈るという行為を人間という生物が行うようになったのがいつからなのかは定かではないが、イスラエル北部カルメル山の洞窟にある、約1万2000年前の墓地ではミントやセージといった香りのある草花が土に還った後、その痕跡が柔らかい泥に刻まれた状態で発見されている。
花で飾られたと推測される墓は4基並び、そのうち1つには2遺体が埋葬されていたそうだ。2人の故人は成人男性と性別不明の若者と判明しており、1万5000~1万1600年前の中石器時代、現在のイスラエル、ヨルダン、レバノン、シリアで栄えたナトゥーフ文化の時代に生きた人々だそうである。
それよりもまだ古く、1950年代中ごろ、イラクで発掘されたネアンデルタール人「シャニダール4号」(Shanidar IV)の墓には洞窟内で咲くはずのない花の花粉が見つかっている。しかし、この約7万年前の遺跡には複数の穴があり、齧歯類が種や花を貯蔵しておくために掘ったものではないかという主張もあるらしい。
なににせよ、想いを花に託しながら我々は心を交わし合いつつまだこの地球上で生き続けている。

初めてもらった花のことを覚えていますか?
私が覚えている最初の贈り物の花は誕生日に弟達からもらった小さなアレンジメントだ。ピンクのバラと小花でまとめられた籠入りのアレンジメントは、とても愛らしく受け取った時の照れ臭さと喜びを昨日のことのように思い出す。
幼い男の子達が、姉に何を贈るか考えた末に、なけなしのお小遣いを使って、何処かの店頭に並んだアレンジの中から可愛らしい桃色の塊の籠を選んでくれた日からピンク色は幸せの象徴であり、大好きな色の一つになった。

最初の転職で気づかないうちに疲れ果てていた頃、花に救われた瞬間も忘れられない。見学に行ったガーデンショーの最終日に無料配布されていた花を抱えて帰宅し、自室に飾った。
華やかな街の中で一人。慣れない満員電車で部屋と職場の往復する間にどうやら萎れかけていたらしい。
窓のカーテンを開けることも怠っていたうす暗い部屋にありあわせの花瓶で花をいけた瞬間、小菊やカーネーション、トルコギキョウは、そこにだけ光が一筋さしたかのような明るさを放った。澱んだ空気が一掃され気持ちまで晴れ晴れとするのを感じて花の力を思い知った。

それ以来、花を飾るのを欠かさないと書けば格好がいいだろうが、雑に生きるのをモットーとしているのでそうそうまめな事は続かない。
その代わりといってはなんだが、何があろうとも自分の誕生日にだけは好きな花を好きなだけ(と言ってもその時の懐事情に合わせるが)選んで束ねてもらうのをとても楽しみに1年間を過ごしている。
一年を乗り越えた己を労わり、次の一年に挑む己を鼓舞するために、自分から自分へ贈る花だ。

なぜ、花を贈られると人は嬉しくなるのだろうか?
食べられず、傷めば棄てるより他なく、プレゼントとしてあんがい高価な部類に入るが、贈る時には受け取り主の事を思いながら、花の色や形、組み合わせに悩む。
もしかしたら、その時間を感じるから尚更、受け取ると嬉しいのだろうか。
花言葉や本数毎に意味をつけて贈る風潮もあるが、純粋な思いさえあれば十分なはずだ。いついかなる時も花は花としてただ咲いているだけである。

さて、驚愕と共に受け取った花束を抱えて、飛行機に乗り座席上部の荷物入れに仕舞おうとしていたら、客室乗務員さんが声をかけてくれた。
座席に余裕があるので、隣の席にシートベルトをかけて置いて良いと言う。細やかな気遣いに感謝しつつ、花と相席するのも悪くないものだと空の上で呟いていたら、元同僚から連絡が入った。
「すっっっごく宮内らしい花束だね!」私が?この花束?他者の目に私はそんなふうに見えていたのか。思い起こせば常日頃から情熱的だの、活動的だのと評されてきた気もする。
プロテアの咆哮もグロリオサの炎も我が身から溢れたものだったのかと納得すると一輪一輪が愛おしく感じて、早く水に生けてやりたくなる。
センチメンタルな優しい色合いのブーケだとか、爽やかで未練など残させてくれないようなブーケを抱いていたら、駅のホームで泣けて泣けて仕方なかったかもしれない。
他者が思う私が投影された花を抱きしめ颯爽とあの街と別れられてよかった。
「あなたなら大丈夫」と同僚たちが言ってくれているのが聞こえた気がする。

誰かと心を通わせたい時に、お互いのイメージを花束に表して贈り合ってみると思いがけないお互いを知ることができて面白いかもしれない。

第一園芸という花を贈る事のプロフェッショナル達と巡り合い、私は読者のあなたに何を伝えたいのか。
薄氷の如き日々を積み上げ季節を追いかけながら、私は植物を通して「知る」ことの喜びを言の葉として束ねてお渡ししたい。
その束の中にあなたのお好みの花があり、あなたが楽しく暮らしていただけたなら幸いです。
共にささやかな日々を重ねて過ごしましょう。

【ご案内】今回より隔月で宮内さんのエッセイを掲載いたします。次回は掲載は2022年8月23日(処暑)です。お楽しみに!

宮内 元子 みやうち ちかこ(文・写真)

水戸市植物公園 勤務
元 渋谷区ふれあい植物センター 園長
植物園の温室に住みたいという欲望を拗らせて現職。
今行きたい植物園はドイツのダーレム植物園。