庭の中の人

ガーデナーや研究者、植物愛あふれる人たちが伝える、庭にまつわるインサイドストーリー。

第二十一話「結界」

2022.07.23

study

作業を終えて詰所に帰る途中、何気ない会話をしていた時のこと。
「昔、結界*を作ったときね…」と普通に話しはじめた庭師の同僚に、間髪を入れずに「ちょっと待って。結界?えっと…陰陽師かなにかだったっけ?」と思わず聞き返したことがあります。

同僚は見違えるほど木を美しく見せることのほかに、もしかして魔法も使えたりするのかしら…頭の中に呪文のような悪魔くんのテーマ曲がぐるぐる流れだします。

そう、庭師が作る結界は悪魔を寄せ付けるものではなく、人間が空間を分けるために使う竹とシュロ縄で作られた目印のようなもの。庭園に設置した結界は、「ここから立ち入りはご遠慮ください」という印になるのです。

結界(けっかい)
仏教用語。教団に所属する僧尼が規則に合った適切な行動を守るために,ある一定の地域を限ること。密教では,修法を行う場所に魔障が来ないよう一定地域を限ること。転じて,商家で帳場の囲いとして立てる格子や,茶室で客畳と道具畳の境界を示す置物の意にもなっている。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

結界から先は入らないでね、ということ

庭園や神社仏閣に行くと、たまに見かけるこの結界。種類もいろいろあって、それぞれなんという名前が付いているのかちょっと分からないのですが、ポータブルタイプや、固定型タイプなど、デザインも高さもさまざま。室内、茶室などでも使用されているそうですが、ちょっとその辺りはまだまだ勉強不足です。

こちらは固定タイプの結界

あちら側とこちら側の境界を可視化する結界。意味をしらなければ、さらっと入って行けてしまうけれど、またいでしまうと、あちら側の人からしたら、「やや!無礼な!」となるわけです。簡単にまたげてしまうその控えめな高さや、凛とした一文字の竹が礼儀正しく、とても日本らしさを感じます。昔、日本は着物を着ていたから、そんなに足を上げてまたぐことはしなかっただろうし、結界を高くする必要はなかったのかもしれない、と勝手な想像を巡らせます。

そういえば、ガーデニングの本場イギリスにいたころ、西洋庭園では結界のようなものをみたことがありません。入ってはいけないところには「PRIVATE」や「KEEP OUT」とはっきり書かれています。結界という暗黙のルールはいかにも日本らしく、やっかいだけれど愛おしい文化のひとつです。いつか「わたしの友達、結界作れるんだよ~」って、誰かに自慢してみたいな。

ともあれ、前出の会話がなければ、いまだに結界がどういう意味なのかも知らず、無礼にもあちら側に踏み込んでいたかもしれません。いや、そこにそんなものがあるということすら気が付かなかったか、なぜここに青竹踏みが?ぐらいに思っていたかもしれません。日本ならではのスピリチュアルな印に気づかせてくれた同僚に感謝です。

 

はつやま さちこ

高校卒業後、英国へ留学。ロンドン郊外にあるOaklands CollegeのFloristry学科に在籍し、イギリスの国家資格を取得。2008年第一園芸株式会社に入社。ネット事業部を経て緑化事業部へ。各国大使館などを担当していたガーデナー。
現在は子育てのため一旦、退職して家庭生活を満喫中。好きなことは食べ歩き、無計画旅行。昆虫食推進派。