花月暦

日本の文化・歳時記研究家の広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたのエッセイ。

第六十九話 「八月 立秋 処暑」

2022.08.07

life

二つの世界を旅する

稲穂もそろそろ花穂を伸ばし、早朝は葉先につく朝露が目にとまります。
今年はあまりの暑さについ大事なことを忘れてしまうような、そんな厳しい夏となりました。

せめてこよみに現れた「秋」ということばを頼りに新涼の気配を、朝夕に少しでも見つけることができればと思います。

草木花や季節の行事とともに過ごしていると、何かをすることによって「はじめて生まれる気持ち」があるということを時々、思い出します。

たとえば、手元ばかり見ている視線を上げて、遠くの方を眺めれば、晴々とした気持ちが生まれています。

あるいは、機械や道具を使うことが多い時間、椅子を離れ、立ち上がり、草や花に触れれば、穏やかな気分になっていることに気がつくのです。

意図しないところから、思いがけずにやってくる、自分も知らない気持ちとの出会いです。

ささやかな時間ではあるけれどどこか遠い場所からやってきて、本来の自分らしさを届けてくれるような心地よいもの。
そんな小さな時間にうまく気持ちをむけながら暑さを凌いでいければと思います。

*

8月は一年でも大きな行事、お盆があります。

お盆は目に見えない存在をお迎えし、もてなし、送り出す行事です。
ご先祖様や先に旅立った人たちなどが、あの世とこの世を往来すると考えられてきました。

ご先祖さまだけでなく、支度をしてお迎えする私たちも一緒に、いつもとは違う世界のことを考えます。あの世とこの世を旅する時間だといってもよいかもしれません。

たとえささやかであっても、お供物やお盆の花をどれにしょうかと見繕い、お盆のしたくをすれば、知らぬうちに、亡くなった身近な人への思いが生まれてくるものです。

迎え火や送り火として火を焚けば、不思議と場は静まり、見えないものの気配を感じることも少なくないでしょう。

二つの世界を旅して生まれるのは懐かしさ、静けさ、いのちを慈しむ気持ちや、生命への不思議さ。

見える世界と見えない世界を行きつ戻りつする心の旅から生まれる気持ちは、地上にいる人の数を遥かに超えて、無限に広がっていきます。

 

木槿

真夏の1日花、木槿(むくげ)の木が大きくなりました。

暑さをものともせずに、次々に花をつけては1日で閉じた花を地面に落とす、潔い真夏の純白の花。

あちらこちらに踊る花枝とことばを交わしながら、大きな壺に入れ縁側に置いて、暑気を祓う花としました。

太陽の下、青空に映える白花は、日陰の暗さの中でさらに精彩を放ち、はっとするような存在感に。

 

盆の花

高野槙、禊萩、女郎花、本榊、紫苑を花立に入れ盆花に。

元来、お盆のお供えの花は、野や山、庭に出て時節のその土地にある草花を力の宿るものとして見繕い、お供えするものでした。

今回は、古くからお盆にちなむ植物として香り立つ高野槙と場を清めるといわれた禊萩(みそはぎ)、神聖な力が宿るといわれる本榊(ほんさかき)、そして、旬の時を現す草花として女郎花(おみなえし)と紫苑(しおん)を入れ盆花としました。

 

夜咲き花

毎年、熱帯夜になってくると待ち遠しく探し求めてしまうのが、烏瓜(からすうり)の花。

山肌に蔓を垂らし、夜暗くなると、人知れず白いレースのような花を咲かせます。
夕暮れに咲いて、太陽が登る前に閉じてしまう幻のような花。

蔓は華奢のように見えるけれど、触れるとしっかりと固い茎。
その頼もしい蔓茎を土台に咲いた星の花。

庭の山肌で咲いた花を連れ帰り、たっぷり水を張った鉢に入れ、ひと夜の花とともに過ごしました。

 

広田千悦子

文筆家。日本の行事・室礼研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

『花月暦』

『にほんの行事と四季のしつらい』

広田千悦子チャンネル(Youtube)

写真=広田行正