第七十話 「九月 白露 秋分」
2022.09.08
暮life
悠久の光
厳しい暑さは、朝夕にはすっかりとひいて夜の虫の音が秋を連れてきたようです。
夕刻から庭に佇み、耳を澄ましていると、暗くなるにつれ、次第にその響きは大きくなっていきます。
そろそろお盆の記憶がだんだんと薄れかけてきて、次は十五夜、と今時分は名月を心待ちにする頃。
ところが、今年の中秋の名月は早々と9月10日にやってまいります。
心待ちにする時間がいつもより短いと、不思議と季節の流れも早回しになるかのように、虫の音も涼の訪れも、そして草木花さえも、この早々に訪れる十五夜に合わせて早く動いているように感じます。
秋になったばかりを「秋口」、秋に別れを告げる頃は「暮れの秋」。
同じ秋でも夏と隣り合わせの頃から冬隣までは長い道のり。
今年は秋の訪れが早かった分、その旅路も長くなるのかもしれません。
さわやかな秋の趣を楽しみながら、1日1日を過ごしていきたいと思います。
最寄りの駅から自宅に帰る道すがらには海があって、月の光が海に道をつけていることがあります。
光の道はぼんやりしていたり、くっきりとしていたり。
時により示される道の様子は様々ですが、その元となっている月の姿は、変わることがありません。
悠久の時を超えて変わらぬ姿を保つものをただただ、眺める時間を持つのは大事なことです。
月明かりの下で、草木花も暗闇では月を仰いでいるように見えます。
今回は十五夜と月明かり、竹取物語をお題にしつらいの花をお供えしてみました。
十五夜花
十五夜花は、その時節に咲く草木花を見繕い、手向ける月への捧げ花。
今年は銀色の穂の尾花は月の依代として。
黄檗色(きはだいろ)に輝く女郎花を月明かりに、白リンドウを玉兎に見立て、旬の力を表すために紫苑を青竹花入れに入れてみました。
月御覧
「月御覧」(つきごらん)は江戸末期の宮廷行事として行われた十五夜の習わしの一つです。
萩の箸で茄子に穴をあけて、その穴から月を眺め、言葉を唱えれば、願い事が叶うというものです。
宮廷だけでなく、民間に広がり庶民も楽しんだとか。
漆黒の闇夜のような茄子に穴をあけて、希望のような月の光を探し、月という星を見通す。
今の世の心に寄り添う、習わしではないかと思います。
今回は、黒茄子を重ね、萩の枝の箸を添え、三宝に入れ、その習わしの意を形にしようと試みました。
月の力の架け橋に見立てた旬の花、仙人草の花を、箸には初穂を添えました。
竹取の花
かぐや姫は竹の中で生まれ、旧暦の8月15日、十五夜の夜に月に帰ります。
古いものがたりの一つ、竹取物語をお題に長い年月、続く力の籠る植物の一つ青竹をいただいて、竹花入れに。
純白の色と香りを放ち、部屋を満たす花縮砂、椿の実と竜胆、紫苑、名残の木槿と縮み笹を合わせて。
さまざまな気持ちが鎮まり、穏やかで確かなものへと秋を歩く道が定まりますように。
広田千悦子
文筆家。日本の行事・室礼研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。
写真=広田行正
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