花月暦

日本の文化・歳時記研究家の広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたのエッセイ。

第七十八話 「五月 立夏 小満」

2023.05.06

life

山の花

冷え込みが強く残っていた四月をあとにして夏へと続く道が今年もはじまりました。
早々とはじまっていた若葉も少しずつ色を重ね、深緑色へと変わり続けています。

ふっくら膨らんでいた柑橘の花がひとつふたつと開けば、次第に夕暮れの庭は甘い香りの花に満たされていくことでしょう。

良い香りが降り注ぐように降りてきたのを感じて頭上を仰げば、山肌から迫り出すように草丈をのばした野ばらが小さな花を枝いっぱいにつけているところでした。

野ばらの次に咲くのは梔子、そしてその次は蛍かなと時折、季節のゆくえを読めば心のうつわがいつのまにか狭くなってしまうのを防ぐことができます。

それにしても今年はいつになく山の花が見事です。
春に入り山桜、山吹と続いて、家のまわりの山々を眺めては楽しんでいましたが、続く藤の花が一番、圧巻の景色でした。

山の高い位置の所々で、四方八方に蔓を伸ばし枝垂れるように藤は咲いています。
こんなに山のあちこちで大きな枝を伸ばし咲いているのを見るのは初めてです。

視力の届かないところで咲いているものはよく見えず、もどかしく思っていたものの、山肌が紫色のレースをかけているようだと思い始めてからは遠くの花を眺めることができるのは幸いなこと、と思うようになりました。

地面から芽生えた小さな苗が太陽の照るところを目指し、どれだけの時間、どれだけの力が必要だったのか。
あれほど高い木の上にのぼったのだと思うとため息がでます。

日本では古くから山には神聖な力が宿ると考えて山の花や常緑の枝を持ち帰り飾ることで、自分や家族や家にも力や幸せが宿ると信じてまいりました。

今年、私は藤の花を持ち帰らずとも、眺めるだけで力をいただいています。

近くの花、遠くの花。
両方の力が宿るのを心に受けとめて、じっくりと歩いていきたいと思います。

仏具の芍薬

五月は薬草に気持ちが向かう月。
ドクダミ、カキドオシなどの薬草が可愛らしい花をつける季節です。
芍薬も元々は薬用として中国から渡来した花です。
根から作られる漢方には鎮痛などの効能があるけれど薬効があることを忘れてしまうような、夢に誘う花。

芍薬のつぼみがあまりに神々しいので仏具に挿れてみます。
古い家屋のひかりの中で芍薬の魅力の一つである大きな葉も艶やかな姿となりました。

竹の花

60年に一度とも、120年に一度咲くともいう竹の花。
花の咲く間隔が長すぎるからでしょうか、まだ謎の多い花なのだとか。

いつもと様子が違うのは竹の葉の間からふさふさとした蕾のようなものが豊かに勢いよく出ていること。
花はその蕾のようなところから繊細な糸のようなものを出して咲いています。
小さな花はなんとなく稲の花と似ています。

希少な花をいただいたので、使い込まれた古い枡と竹の花を合わせてみます。
年月を重ねたもの同士の心が重なりあうようなそんな景色となりました。

広田千悦子

文筆家。日本の行事・室礼研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい稽古を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

『花月暦』

『にほんの行事と四季のしつらい』

広田千悦子チャンネル(Youtube)

写真=広田行正