花月暦

日本の文化・歳時記研究家の広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたのエッセイ。

第八十一話 「八月 立秋 処暑」

2023.08.08

life

夜の花と出会う

秋になると実る朱色の実が楽しみ。
カラスウリの花が今、盛りです。
蒸し暑い夜の熱気の中で、レースのような不思議な花を咲かせています。

性質は実に丈夫で、その繊細なかたちの花とは対照的。
たとえば、近所で今咲いているのは崖を固めたコンクリートの上。灰色の壁をものともせずに這い、見上げるような高さから下へ横へと広がっています。
どこまでも自在に伸ばす姿を幾度も仰いでいます。

しかも真夏のコンクリートの上ですから、おそらくは想像できない灼熱の世界が広がっているはずです。
厳しい場所でもたおやかに、白いレースのような花をいくつも咲かせています。

ちなみにカラスウリの花は朝を迎える前にあっという間にしぼんでしまうから、もし身近にあっても何気なく通り過ぎている道にあっても、なかなか気づくことができません。
暗くなってから花を見に行くということ自体、あまり機会がありませんから、仕方のないことです。

ただ、ふだん生活している見慣れた場所で「知らなかったことを見つける」という発見はもしかするとこのカラスウリの花のように見慣れた日々や自分の中にも、まだ見ぬ神秘のものが未知のことがあるかもしれないという気持ちを紡ぎ出してくれます。

ふだんの世界を広げる夜の花との出会い。
きっと皆さんの身の回りにも今夜、カラスウリ の花が咲いています。

青栗落つる

初夏、おだやかな色をしていた栗はだんだんとたくましい深い緑色に染まり、やわらかだったイガも様々なものを寄せつけぬよう力強くなってまいりました。

真夏の力をさらに蓄えて秋の熟成へと向かっています。
その途中で土の上にぽとりと落ちるものもあります。
木の上で熟成するもの、土に還り大地へと戻るもの、それぞれの役割があるのでしょう。

朝、落ちたばかりの青栗をひろいあつめて漆塗りの高坏に重ね、盛りを迎えた浜菅(はますげ)と秋の兆しを伝える女郎花(おみなえし)の花を共に添えました。

灼熱を通り抜けてたくましくなるもの、落ちて土に還るもの、それぞれの道に思いを巡らせて。

盆迎え鳥 茗荷鳥

今年もお盆が近づいてまいりました。
この世とあの世をつなぐ精霊の旅を支えるために私たちはさまざまな支度をします。

その中ののりものの一つ、茗荷鳥は古くからある祈りのかたちです。
茗荷は透き通るような白いほっそりとした根に見ているものの心解くはかない花。

花も一緒にお供えとして目にみえないものの旅に心を添えることができればと思います。

広田千悦子

文筆家。日本の行事・室礼研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい稽古を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

『花月暦』

『にほんの行事と四季のしつらい』

広田千悦子チャンネル(Youtube)

写真=広田行正