第九十話 「五月 立夏 小満」
2024.05.05
暮life
揺らぎの年
新緑に輝く初夏の楽しみは慣れ親しんだ裏山に入り老成した樹木の年月を重ねた高さを仰ぐこと。
若葉は強くなりはじめた太陽の光を透かして、高いところに吹いている風の動きを見せてくれます。
熟成された枯れ葉は踏み締める地面を柔らかくして何も知識がなくとも、滋養に満ちていることがこの足を通して伝わってきます。
湿度が高くなり曇りや雨の梅雨時と厳しい暑さが訪れる前のほんのひとときの季節。
感覚を研ぎ澄ます時間を楽しんでおきたいところです。
それにしても今年は冬の寒さが思いの他長く続いて、桜の時期が遅れたり、そうかと思えば、急に訪れた夏の気配。
早々と躑躅が咲いたり、季節外れのヒメヒオウギスイセンまで花開いたり。
揺らぐ季節が続いています。
草木花さえ慌てたような気配が見え隠れする年は人間も影響を受けぬはずがありません。
どんな中であっても変わらぬものを自分の中に培う工夫をしてまいりたいと思います。
草木花の咲く時期、芽吹く時期は年によりずれたとしても、その息吹の瑞々しさ、風と踊る草木花の柔らかさ、そして触れた時の手触りや色の豊かさは変わることがありません。
草木花の中に佇むたびに人間にも同じものがあることを彼らは伝えてくれているのだという思いが強くなるばかり。
その力をうけとるためには、日々、季節のうつろいとともにある時間をつくることではないかと思います。
朽ち木に射干
山道の所々には倒木があり、朽ちているものの中には海岸の流木のような趣があるものも。
その中の一つをそっと持ち帰り、よく清めてから部屋の中に。
重ねた年月をかたちに宿す荘厳な朽木になごりの射干を添えれば、山の力を宿すようなしつらいになりました。
筍と花
ごわごわとした手触りの皮。
見るからにゴツゴツと質実剛健。
すらりと伸びていく青竹とは似ても似つかぬのが筍の姿です。
どすんとした構えは揺るぎなく天を指し示しています。
そこに時節の花の一つ白躑躅を添えて、初夏の迎え花に。
色もよい取り合わせになりました。
成長する前よりも、華奢で可愛らしいものが多い植物の新芽の中で筍の姿はちょっと変わりもの。
美味しいだけでなく曲がり方、出で立ちに一つ一つ、個性があるのも筍の魅力の一つです。
広田千悦子
文筆家。日本の行事・室礼研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい稽古を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。
写真=広田行正
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