第九十五話 「十月 寒露 霜降」
2024.10.08
暮life
季節の機微とともに
いつの間にか遅くなった夜明けに、和らぎを感じながら庭を歩くと小さな鳥たちが声を交わしています。
陽気は10月に入っても今年に未練があるのか、夏は去りきらずにいて、秋と夏が同居しているかのような季節が続いています。
それは異なる大きな力を持ったもの同士がステージの上で共演しているかのよう。
身体を温めなくてはと感じるほど涼しくなったかと思うと、熱中症に用心しようと思う様な暑さになったり。
今までも同じようなことはあったけれど以前と違うのは、おそらくは振り幅の大きさなのかもしれません。
自然の一部である私たちの身体も思いがけない、そしてあまり体験したことのない変化に対応するために見えない力を総動員しています。
思考や食事を整えて、身体と心を応援しながら歩くことが予測不能な揺らぎのある世界を歩いていくための秘訣の一つになるでしょう。
長きにわたって続いてきたものとはまったく違う空気が流れているのは季節だけに限りません。
色々なものごとの中でぶつかり合うものもあれば、意外なところで共鳴してひとつになるものがあったり。
そうかと思えば同じ志に見えたものが実は全く相反するものだったりと、さまざまな要素が行き交う時代は複雑さに満ちていて、すべてを理解しようとしても追えきれないことが多いものです。
あたかもそれが地上から暑さがなかなか去りきらない理由の一つになっているように思えるほどの熱量があります。
ただ、それでも土の上を歩けば今の時季は上質な絨毯のようにしっとりと柔らかく、滋養に満ちています。
小鳥たちは変わらずに歌を歌い続けて、今年は遅くて心配していた彼岸花も一気に大地を紅色に染めて華やいだ場を広げています。
草木は冬に向かうために葉の色を変化させて、一枚一枚拾い上げてみれば、精妙な色が浮かび上がっています。
こうしたささやかな季節の機微は不思議なことに心の揺らぎを鎮めていきます。
大きな世の中の流れを見ることの大事さとともにあるのが目の前に繰り広げられた小さな世界も宇宙の中の物語の一つであるということ。
まずは草木花やちいさな命を丹念に眺め、触れることでこの世の不思議な力に思いをめぐらせ自分にもその力があることを思い出す、ひとときがきっと生まれることでしょう。
旧暦の菊の節供供物
晩秋に迎えるのが旧暦の菊の節供。
今年は10月11日に迎えます。
晩秋特有の光の要素を表すために透け感のある手すき和紙を。
そこに染め和紙の短冊を合わせて菊花茶を包みました。
気持ちと身体の若返りを願い見えない力にお供えした後はおさがりに茶をいただくのが楽しみな供物。
神事、仏事に限らず家の祭では私たちに力を与える不思議な力とともに供物をいただくことで、その力が同じように自分も授かると考えました。
十三夜のために
慣れ親しんだ場所から庭に移したジンジャーリリーが場に馴染んで大きく育ってくれました。
月の光を浴びて煌々と輝く花は十三夜にふさわしい花。
瓶子に花と葉を合わせればその場を満たす香り。
月の姿と同じように日々変化しながらさらによい光へとつないでいくことができますように。
広田千悦子
文筆家。日本の行事・室礼研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい稽古を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。
写真=広田行正
- 花毎TOP
- 暮 life
- 花月暦