花月暦

日本の文化・歳時記研究家の
広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたの
エッセイ

第四十七話 「十月 寒露 霜降」

2020.10.08

life

藤袴に蝶に

月の美しい季節になりました。
虫の音も少しずつ、静かな音に変わってきたようです。
やはり今年は秋の深まりは足早で、まるで北国のような気候です。
もうしばらくすると、冬がやってくるのだという感覚さえ覚えるようなひんやりとした空気が流れています。

こうなると草木花のうつろいも早いようで、先日は山桜に返り花が咲いているのを見ました。
背高泡立草の穂先が萌黄色に染まりはじめています。

煌々と輝く月の祭は、10月1日の十五夜に続いて、29日に十三夜が巡ってまいります。
お月見にお供えしたい秋の七草の藤袴の香を、楽しむ季節が今年もやってきました。

藤袴の小さな薄紫色の花を、数本吊るしておくだけで部屋の中に芳香は放たれ、うっとりとするような香りに満たされます。
論語の中の例え話で、部屋の中を満たす香りのある花として登場する蘭は、藤袴のことだ、とする説があります。

一番強く香るのは、乾燥しきってしまう前の生乾きの時です。
色の変わった葉を整理すると、花だけでなく葉にもよい香があることがわかります。

草木は花の盛りばかりでなく、枯れていく佇まいにも趣があるものです。
香りを伴う藤袴の枯れゆく姿を一度経験すると、心から離れなくなります。

この芳しき藤袴の蜜を好む蝶がいます。ステンドグラスのような羽の模様が空に映えるのは、アサギリマダラです。
薄い水色の浅葱色をした小さな蝶は時に海を越え、長い長い旅をします。
たとえば長野から九州や沖縄、遠く台湾などまで、距離にして1000キロ以上の旅をするといいます。その小さな姿からは想像のできない強さを持つ蝶です。
アサギマダラの生態はまだ謎も多いようですが、藤袴などの特定の花の蜜をおいかけて旅をするのだとか。

自由自在な旅がまだ叶わぬ中ですが、藤袴の香りに触れながら、花を求めて舞う蝶になった気分で、写真の中を旅しています。

古竹と野菊

古竹の隙間に、盛りをむかえた野菊をいれてみました。
野の茂みから溢れ出すように咲きだした野菊の趣をそのままにいけてみます。

毎年、野菊は何も手をかけずとも、人知れず厳しい夏を越え、鬱蒼とする雑草の茂みの中でもたくましく生きて、同じ時季に花を咲かせます。

花の咲く時期だけでなく、芽生えた時も気づいていたいと思うけれど茂みの中で、叶わず。
せめて枯れゆく時は、愛でながら共にいたいと思います。

彼岸花

白い彼岸花が咲いた後、紅色の彼岸花が一斉に咲き出しました。
今回は、神ごとに使う道具、瓶子に入れて。
すっと伸びる見事な茎も気持ちよく。

葉は花を終えたあとになりますから、花と茎だけでのしつらい。
力のある花は、陰影のある場所が似合います。

金木犀

どこからともなく美味しそうな甘い香りがしてきます。
ほんの少しだけ間をおいて、ああ、金木犀だと毎年、気づきます。

ほんの一枝入れるだけで、いい香り。
乾燥させて、お茶にしていただくのが楽しみです。
金木犀だけでいただいても、芳香よきお茶になりますが、上質の烏龍茶や鉄観音茶に合わせていただくとなお、風味が生きると教えていただきました。
目でみて、香りを味わい、滋養もいただき、記憶も楽しむ。
福を招く花だと思っています。

昨年庭にうえたばかりの萩が、大きく育ちました。
枝振りもよく、窓から差し込む遮光を受けて、輝いています。

草木も人も、早く育つものと、ゆっくりと時間をかけて育つものがあるものです。
それにはそれぞれの意味があります。
大切なことですが、なかなか覚えられず、タイミングよく思い出すことができないものです。
それを呆れることなく、繰り返し優しく教えてくれるのが草木花の素敵なところ。

つらつらと思いをめぐらせながら、ガラスの器に入れてみます。

枝から小花が散り、机の上にこぼれ落ちるのも、そのままにして。
部屋の空気ががらりと変わっていきます。


十一月 立冬 小雪

冬、という文字に身構えるような気持ちに。
季節の訪れが早く、今年はゆったりと時間をかけて冬支度ができそうです。
紅葉する草木の色をたっぷりと浴びて力を蓄えます。

広田千悦子

文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

広田千悦子チャンネル(Youtube)

写真=広田行正