花月暦

日本の文化・歳時記研究家の
広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたの
エッセイ

第五十一話 「二月 立春 雨水」

2021.02.03

life

立春のひかり

籠りの時を越えて寒の明けとなりました。
冬から春へと季節は大きな変化の時を迎えています。

今年の節分の日前後には、強い風が吹いていて、荷物を抱えていたら、身体ごと吹き飛ばされてしまいそうでした。

その強風に吹かれて、大木は大きく揺れ、常緑の樹の葉や草木が踊るようになびいています。
強い風にたなびくしなやかさと、びくともしない軸。
その両方をバランスよく身に着けることで生まれる力について、思いをめぐらせています。

ぼきりと折れてしまわぬためのしなやかな感性。
風に吹き飛ばされぬようなしっかりとした軸があれば、どんなに強い風が吹いても自分を見失うことがありません。

昨年から、世界中を覆い尽くすようなコロナという疫病が現れましたが、隠れていたものを炙り出し、物事の変化は急激に早くなり、長い年月に渡って続いてきた基準すら、変えてしまう可能性が出てまいりました。

多様な考え方があることがあからさまになり、気の合う人と、袂を分かつようなこともあるでしょうし、いいようのない孤独や不安を感じることもあるでしょう。

複雑でめまぐるしく、すべてが剥き出しになるような中で大事にしたいのは、心のうちに揺らがぬ軸をあたため、心地よく温かく強いものにしておくことです。
そして、少しでも行うことができたら自分をほめること、できないことを責めないこと。

そう心がけることで、めまぐるしい中でも余白が生まれます。
目にみえない力は蓄えられ、たとえ考え方が違う人同士でも、長い時の流れの中では、いつかどこかでつながりあう道が再びめぐってくることも少なくないものです。
複雑で多様な世界の中では、揺らがぬ軸としなやかな感性、そして、懐広くゆるやかなつながりを試みながら、日々を過ごしていきたいと思います。

難しく感じる時には、草木花に触れ、月を仰ぎ、淡々と暦の節目を楽しむ時間が役に立ちます。

めぐる季節のリズムとともに、日々を過ごそうと試みるとき、自分の中に力が舞い戻ってくることを、今ほど強く感じることはありません。

つらつら椿

色とりどりの椿が花を咲きはじめました。
紅色、桃色、白などなど。
存在感のあるもの同士を並べても、交じらず、ぶつからず、魅力を打ち消し合わず。
趣きを引き立て合い、力を増し、見事な調和を見せる。
それが椿という花の、何より素晴らしいところではないかと思っています。

椿の花蜜煮

藪椿の花のガクとおしべをはずして、花びらだけにします。
花びらを鍋に入れ、砂糖と少量の水を加えて、色止めのためのレモン汁を数滴加えます。
あとはクツクツと弱火で、好みの硬さになるまで煮詰めるだけ。
紅色に輝く花蜜煮の出来上がりです。

椿の花蜜煮は、灰汁があるので、苦味が少し舌に残りますが、まったくえぐみのない年、えぐみの強めの年があってその違いもまた楽しいもの。
咲き始めのシーズン、そして七分咲ぐらいの花びらを使うとえぐみが少ないように思います。
その土地土地の日当たりや土の成分、その年の気象条件などによって変わってくる可能性に、思いをめぐらせながらゆっくりと、ひと口いただくのが至福の時です。

訶梨勒と椿の大枝

二月の行事、涅槃会のしつらいです。
涅槃会は日本の仏教の三大行事の一つ。
釈迦の誕生を祝う四月の灌仏会、悟りを開いたことにちなむ成道会、そして亡くなった日を忍ぶ今回の涅槃会は日本では二月十五日や三月十五日に行われます。

仏教は古くから日本人が、ご縁をつないできた、はるか遠い国、インド発の信仰です。
その源流の人、釈迦と仏教にあらためて気持ちを向ける日としたいと思います。

お釈迦様が入滅する日を描いた涅槃絵図には象徴的なものがいくつも描かれています。
その中の一つに、釈迦が所持していた衣鉢袋が沙羅の木の枝にかけられていますが、これを釈迦を救うための薬袋と読んだ説がありました。
それを訶梨勒(かりろく)に見立てたのが、今回のしつらいの由縁になります。

椿の大枝を沙羅双樹の木に見立て、臼にあしらい、柱飾りの訶梨勒を提げます。
今回の訶梨勒は、茶湯の世界では、初釜などのお席に用いられるものです。
ちなみに訶梨勒という植物の実は、病を癒し、魔除や邪鬼払いに使ったものです。

釈迦に学び、そしてどなたにとっても、災いの大難が小難になりますように。
椿の大枝と訶梨勒に願いを込めました。

雪月花茶

白い梅の蕾を乾燥させた花茶です。
小さな蕾の中に、ぎゅっと濃縮された香りは思いのほか強くて、春への気持ちが目覚めます。
花開く前に蓄えられた花の蕾にみなぎる力や香りは、たとえ蕾を手でこじあけて、確かめようとしても、知ることができません。
その思いを叶えるのが、この花茶です。

おすすめのお召し上がり方は、小さな蕾を五つほど茶器に入れ湿らすほどの湯に浸し、まずは舌の先で触れること。
身体中に早春の香りが染みこんでまいります。


三月 啓蟄 春分へ

春爛漫の足音が聞こえてきます。
暑さ寒さも彼岸までの春分も。
華やかな季節の先ぶれを愛おしみながら、歩きます。

広田千悦子

文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

新刊『にほんの行事と四季のしつらい』

広田千悦子チャンネル(Youtube)

写真=広田行正