花月暦

日本の文化・歳時記研究家の
広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたの
エッセイ

第七話 「立夏のこと」

2018.05.06

life

夏に立つ季節、立夏です。
萌える新緑の勢いも深みを帯び、落ち着きはじめたように見えます。
大きくなったもみじは、ゆったりたおやかに風に揺れています。

初夏の花はどうして、特有の南国のような香りがするのでしょうか。
静かに息を吸い込んで、そよぐ風が運んでくるその甘い香りを、感じ、確かめるために、立ちどまるひとときをつくりたい季節です。
木いちごや桑の木には赤い実をつけ、枇杷の実も少しずつふくらんでいます。
花のそばで耳を澄ますと、いっしょうけんめい働く蜂の羽音がかわいらしい音をたてています。ウグイスの響きも早春の頃のつたなさは消え、堂々たるもの。
そろそろ待ち遠しいのは、初夏を告げる鳥、ホトトギスの初音です。
深夜に鳴くことなどから、古来、不思議な力のある鳥として知られています。

五月五日は五節供の端午の節供です。
現在は、こどもの日、あるいは男の子の節供としてしられている端午ですが、時代によりさまざまな顔を見せます。
万葉集の時代までさかのぼると、この日は薬狩りの日といって薬草を採るならわしが見られました。
「かきつばたで染めた狩りの衣を来て、山野で薬草を採る薬狩りの季節がやってきた」と大友家持が歌います。
天をめざし、すっくと伸びる杜若の鮮やかな色で染めた当時の服とはどんな色だったのでしょうか。カキツバタという名前も、古来この花汁を用いて布を染めたことから「書き付け花」と呼ばれたのがうつりかわり、「カキツバタ」ということばになった、という説があります。

菖蒲湯に使う菖蒲は、蓬と束ねて軒下につるしたり、眠る時に枕の下に敷いて無病息災を願いました。
根元にある赤い部分に強い香りがあり、胃を整えたり、血行をよくする効能があることから、お酒につけて菖蒲酒をいただいたりもします。シュッと尖った葉先が邪気を祓うという意味も。
古来、さまざまに移り変わってきた端午の中で、長い年月を通して使われてきた植物が、菖蒲です。今年は奉書で包んで本麻で結び飾りにして、邪気払いとして柱にしつらいました。

甘い初夏の香りを楽しむ方法はいろいろとありますが、私が一番楽しみにしているのは、スイカズラ水です。こどもの頃、この蜜を吸って楽しんだという声も聞こえてきます。
今年は花の進みが例年より早いようで、日当りのよいところでは、早々とスイカズラの蔓が満開を迎えているものもあります。
白と黄色に彩られるこの花々は、中国では金銀花と呼ばれ、つぼみを乾燥させて生薬として使います。風邪やのどの炎症、腸炎等に効能があるといわれているこのスイカズラ、日本では薬草酒にした忍冬酒(にんとうしゅ)が知られています。これは75歳という長寿を保った家康の健康法のひとつだったのだとか。
このスイカズラを手軽に楽しむ方法が、スイカズラ水です。
ミントの枝と一緒に花やつぼみをミネラルウォーターに入れるだけ。取り合わせが、初夏の飲み物にぴったりです。

そろそろホタルの出る季節が近づいてきたなあ、と感じる空気感が漂ってきます。
梅雨の前のひととき、夏をむかえる前のなんともいえない夜の趣きを楽しみたい季節がやってきます。

広田千悦子

文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

写真=広田行正