花月暦

日本の文化・歳時記研究家の
広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたの
エッセイ

第六話 「穀雨のこと」

2018.04.20

life

天から降る雨の力を授かり、ぐんぐん植物の勢いが増していきます。
季節の舞台は、新緑の力強くたくましい深く濃い緑のステージへ。
その一方、桜の季節から連なっていた花々の盛りは、ひとやすみしているかのよう。
相異なるふたつの力がはたらく時季となります。

「穀雨」は百穀を潤す春の雨が降る頃、という節気です。
雨期のように雨が多いというわけではなく、ひと降りある度に、驚くほど草木花はのびる――。
そんな恵みの力を持つ雨が降る、というようなイメージです。

葉桜も過ぎて、花々の勢いも一旦小休止。
初夏の間までの時季は、新緑のパワーに世界が覆われていくようです。ただ、新緑と一口にいっても、緑色にはさまざまな種類があります。
たとえば、萌葱色、翡翠、青緑、山鳩色、利休鼠、若草色、苔色、常磐色(もえぎいろ、ひすい、あおみどり、やまばといろ、りきゅうねず、わかくさいろ、こけいろ、ときわいろ)など、日本の伝統色で新緑を数え、緑系の色を自然界に探してみると様々。
大自然でなくとも、都会の街路樹の葉色も種類により異なり、色を探すことができるはずです。桜を見上げて歩いたように、多様な緑系の中で暮らしていることを感じて歩けば、新年度の疲れも気負いも少しは緩やかになっていきます。意外にも、多様な緑色を分けて観ることが難しいのではじめは違和感があります。おそらくいつもは世界をざっくりと大雑把に眺めることが多いからなのでしょう。丁寧にひとつひとつ、というのはただ観るという行為の中でも難しいのです。そして人ぞれぞれが眺める色味も、少しずつ違う。さわやかな風のなかで多面的なことに気づくチャンスでもあります。

新緑の勢いに花々の印象が薄い時季の中では、芯が強そうな花々に目がとまります。
つつじ、シロツメクサなど、風に吹かれても、踏まれても、びくともしない花々がちょうどよく登場しています。一般的には、儚げなという印象が多い花々の中で、この頃の花々はどこか頼りがいがあるのです。
疲れている時はさもすれば、日々休まず伸びる草木のすさまじさに圧倒されてしまいそうになる中で、そういった花々を眺める時間はやっぱり、ひと休みの時間です。

シロツメクサはアイルランドの国花。日本の国花が菊などであることを考えると可愛らしさにあふれています。
江戸時代、オランダ人が箱詰めをするときの梱包材としてつかっていたことが名前の由来で、オランダゲンゲという別名もあります。梱包材のタネがこぼれ、そこから広がったのだといわれています。
私はいつも種を広げる植物の知恵に、辛抱強さを感じます。ひとそれぞれこれも感じることが違いそうです。

さて、小手毬の時季がもうそろそろ終わりに近づき、大手毬の季節になってきました。この花はあと一ヶ月後にやってくる梅雨の時季の紫陽花を思わせます。
小手毬のなごりを楽しむために、短めのひと枝を、片口に入れてみました。

木いちごやヘビイチゴの花が咲き始めました。
この花が実る頃、もうひとつ季節は進みます。蚊もまだ儚げな時季ですから、虫を気にせず、くつろぎながら、外の空気の中でのんびりと過ごせる季節を満喫して、静かに英気を養いたい季節です。

夏へ立つ。早くも立夏を迎えます。春のなごりともお別れ。
賑やかで、日差しの強さもガラリと変わり、大気は初夏の甘い花々の香りに
満たされていきます。

広田千悦子

文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

写真=広田行正