花月暦

日本の文化・歳時記研究家の広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたのエッセイ。

第十五話 「白露のこと」

2018.09.08

life

ある日突然にやってきて、そのことばの趣きにはっとする。
それが「白露」という節気です。
夜の大気が冷え、夜明けを迎える頃、草の葉に結ぶ白い露――。
そんな景色をあらわしています。歩く足を濡らす朝露の冷たさから伝わってくるのは、新しい季節の息吹。
徐々に遠のく暑さに、ほっと一息つける日も出てきます。時の流れもすこしずつゆるやかになっていくにつれて、自分らしさにもう一度、気づく力も舞い戻ってきます。

野萓草(のかんぞう)

野萓草が、山の斜面で美しい姿を見せています。
先日強烈な台風の風を心配しましたが、なんのその。
華奢に見える細い茎も花も思いのほか強く、揺るがず可憐な姿のままでほっとしました。

野萓草の和名は「忘れ草」。

その名のいわれの一つは、憂いをすべて忘れてしまうほど花が美しいから。
うつりゆく今の季節の趣きや、気分に寄り添うような忘れ草の名の由来を元にした考え方は、さまざまな古典にも登場します。

“忘れ草 我が紐に付く 時となく 思いひわたれば 生けりともなし“ 万葉集
“思はむと 我を頼めし 言の葉は 忘草とぞ 今はなるらし“ 後撰集

恋する気持や、故郷を懐かしく思う気持など、さまざまな気持が見られます。
心配してもどうすることもできないような憂いを忘れるために、忘れ草を帯や紐に結んだのだとか。花を身につけることで、憂いを忘れ、今を大切にいきようと気持をきりかえたのでしょうか。
今も昔も変わらぬその心の動きを身近に感じたくて、帯と花を合わせてみました。

花縮砂(はなしゅくしゃ)

英名は、ジンジャーリリーやホワイトジンジャー。
その魅力は、濃厚な香りと高貴な花色の白さです。
香りは濃く、強いのにサラリとしていて、吸い込む毎に身体の中にある塊がほどけていくようです。
香水用の精油をとるための作物らしく、花一輪でも置くと部屋が香りで満たされますから、私はお客様をお迎えするための迎え花に使います。

一口に「白い花」といっても、日本の伝統色の名前で見るとわかりやすいのですが、黄色みのある「乳白」、灰色みがかる「灰白」、「銀鼠」など、白は一つではないのだということを教えてくれたのも、洗練された花縮砂の純白です。

瓢箪

実りを迎えた、青瓢箪(あおびょうたん)が手に入りました。

中身を出して乾かした黄土色の瓢箪(ひょうたん)は、お祝いごとに使われ、なじみ深いものですが、青瓢箪はどっしりとしていて、全く異なる趣きがあります。
くびれのある、ふっくらとした豊かな姿を愛でつつ、花を添えてみました。
瓢箪は、お酒や種などを入れる器として、あるいは飾り物として世界中で親しまれ、使われてきた最古の栽培植物の一つです。
日本でも縄文時代から種が発掘されたほど、古いもの。
六瓢箪(むびょうたん=六つのひょうたん)の音に通じることから「無病息災」の縁起物として現在もお守りなどに親しまれています。

秋の草

秋風が心地よくなってきたおかげで、道行く野の草草が可愛らしく揺れていることに、気づく余裕が出てきました。
都会のコンクリートの隙間や、車通りの多い道路でも、ゆらゆらと揺れて気持をほっこりとさせてくれます。近所のちょっとした空き地で思わず見とれてしまったのは、雌日芝(めひしば)などが、風にいっせいに同じ方向になびく姿です。
花火がともるように見える草の姿も交じり、見事でした。秋の風と草草の戯れを楽しむほんのひととき。
そんな何気ない時間を忘れないようにしながら暮らすことで、大きく変わっていく季節を受けとめていくリズムが自然と揃っていきます。

第十六話「秋分」へ
太陽の大きな折り返し地点です。
昼と夜の時間がほぼ同じになるバランスの季節。
祖先や先に旅立った人々に気持を向けるお彼岸もやってきます。

広田千悦子

文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

写真=広田行正